2011/01/01 人を雇うということ
2010年12月15日 菅原 由紀(川口社会保険労務士法人・社会保険労務士)
ポイント
開業し、職員を一人でも雇えば事業主(「使用者」)になり、使用者としての責任を負うことになります。院長先生が労働基準法等の労働関連法規を正しく理解して使用者としての自覚を持ち、その責任を果たすことで職員と良好な労使関係を築くことが、院長先生が目指す医療機関への第一歩となります。
はじめに
勤務医から開業医へ。雇用される側から雇用する側となり、経営者として人を雇おうとした時、職員を解雇しようとした時、または職員を配置転換・出向・転籍させようとした時、労働条件を見直そうとした時等、職場では日々様々な出来事が発生します。
いずれの場合にも、労働基準法等の労働法規に加えて、個々の労働契約の内容や医院の就業規則等、職場における雇用に関するルールがどのように定められているかが重要なポイントになっています。
労働法を知っておく必要性
労働法は職員を一人でも雇うことによって、原則としてすべての事業場に適用されます。病院・医院に適用される労働法は一般企業・工場等に適用される法律と同じで、事業主である院長先生は、これらの法律を守る義務があります。
院長先生は職員に対して、適切な労務管理を行い、安全配慮義務等をはじめ労働法で定められた使用者としての責任を果たす義務があるため、「専門ではないので知らなかった」ではすまされません。院長先生は「医師」であると同時に「事業主」なのです。
●事業主が知っておくべき主な労働法
労働基準法 |
労働安全衛生法 |
育児・介護休業法 |
労働契約法 |
健康保険法 |
労働保険徴収法 |
最低賃金法 |
厚生年金保険法 |
男女雇用機会均等法 |
パートタイム労働法 |
雇用保険法 |
職業安定法 |
労働者派遣法 |
労働者災害補償保険法 |
高齢者雇用安定法 |
増える個別労働関係紛争
昨今では雇用形態が多様化し、職場の中に正職員以外にも「パート」「契約職員」「派遣職員」といった様々な勤務形態・労働条件の下で働く職員が存在し、個々の労働契約の内容が複雑になってきました。
このような背景の下、従来の労働組合と使用者との間の集団的な労使紛争に代わり、個々の労働者と使用者との間での個別労働関係紛争が増加してきました。このため、国は紛争解決の手段として、2001年から個別労働紛争解決制度を、2006年から労働審判制度を設けました。
厚生労働省の発表によりますと、解雇・労働条件の引き下げなどの「民事上の個別労働紛争」に該当する労働相談は2009年度で約24万7300件に達しています。
個別労働関係紛争の相談件数の内訳をみると、解雇-雇止めや退職勧奨、労働条件の引き下げの割合が多くなっていますが、これは労働者を雇用する際、使用者が労働者に労働条件を明示していない、就業規則が作成されていない、あるいは作成されていたとしても労働者に周知させていない等が原因で、トラブルに発展するケースが多いと言われています。
また最近では、職場における「いじめ・嫌がらせ」が増加傾向にあります。
<民事上の労働紛争相談件数の推移>
出典:厚生労働省HP「平成21年度個別労働紛争解決制度施行状況」
労務トラブルの未然防止のために
このような労働相談は、在職中の処遇に疑問や不満を持つ従業員が、退職後に労働基準監督署に相談に行くケースが多くなっています。近年の急激な景気後退による雇用環境の悪化、労働者の権利意識の高まり、および労務問題を従来に比べて比較的簡単に相談できる雰囲気が社会的に形成されていることにより、在職中の相談も含め、今年はますます労働トラブルが増加すると予想されます。
いったん、労働トラブルが発生すると、その解決に多大な労力・時間・費用が必要となります。このような問題を未然防止する「労務管理」が、医院経営を健全で安定的に行う上で、ますます重要になっているのです。
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社会保険労務士 菅原 由紀 氏
神奈川県横浜市出身。中央大学文学部卒業後、大手機械メーカー総務部教育課に勤務。1999年社労士資格取得。神奈川の大手社労士事務所勤務を経て川口社会保険労務士事務所入所。2007年川口社会保険労務士法人に組織変更、代表に就任。
横浜・東京(中央区)を拠点に、労務相談、就業規則作成、神奈川県保険医協会「開業医セミナー」等のセミナー講師、人事コンサルティング、給与計算代行、各種手続等の幅広いサービスを展開している。顧問先・関与先は主に東京・神奈川の病院・クリニック、東証1部上場企業から中堅・中小企業まで約150社。
(2010年11月現在)