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2021/04/13   本格坪庭も!和テイストが映えるクリニック

建築家が語る病院の裏側Vol.2

本格坪庭も!和テイストが映えるクリニック

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医療をめぐる環境が変化し、競争も激化する今日。クリニック経営を成功させるうえでは、患者さんに選ばれる施設設計や空間づくりも欠かせないと言われます。そこで、本シリーズでは医療設計に詳しい建築家に話を伺い、院長と共に造り上げたクリニックのこだわりポイントを解説していただきます。第2回は、前回に続き、患者さん本位の設計を大切にする一級建築士事務所 設計本舗・W(株式会社設計本舗)代表の中村知紀氏が手がけたクリニックについて伺いました。今回ご紹介するのは、院長好みを反映した和の風情を奏でる「横浜みなと心臓クリニック」です。

【横浜みなと心臓クリニック 建築データ】
[所在地]神奈川県横浜市中区山下町
[延床面積]174m2(約51.72坪)
[構造・規模]RC造5階建て2階部分 (テナント診療所)
[院長]沖重 薫氏
[診療科目]循環器内科
[URL]https://ym-heart-clinic.jp/
[開業]2019年12月

伝統的な素材を組み合わせるなど、和のテイストをうまく生かすことに注力

設計を請け負うことになったきっかけは何だったのですか?

2年ぐらい前から院長の沖重先生は横浜元町近辺で開業のための物件探しをされていたそうです。そうした中で、私と先生の共通の知人から「元町で物件を探している先生がいるんだけど」と相談され、そのお手伝いをすることになりました。いくつか紹介する中でこの物件を先生が気に入られたことをきっかけに「これも何かの縁なので」と設計も任せてもらえることになったのです。

設計〜施工〜竣工までのスケジュールを教えてください。

設計に先立ち、2019年2月頃に先生のこだわりや建築イメージをヒアリングした後、3月に提案用の図面を作成して最初のプレゼンを行い、6月までの4ヶ月間は先生と定期的に打ち合わせを重ねていきました。そうして決定した実施プランをもとに8〜10月に工事を行い、12月にクリニックは開業することに。海外で手術を行うなど多忙な先生のため、2週間に一度程度しか打ち合わせはできなかったのですが、プレゼン時のプランを気に入ってもらえていたので、比較的スムーズに進行することができました。

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最初の打ち合わせ時に聞き取った先生のこだわりや建築イメージについて教えてください。

「和風にできますか」と最初先生がおっしゃられた時は、少し驚きました。なぜならこれまで手がけてきた医療設計の中で、和風を希望された方は初めてだったからです。ただ、一口に“和風”と言っても、その範囲は幅広いので、次回の打ち合わせには、和風の建築イメージや造作物などの写真を用意し、お互いのイメージを共有することから始めていきました。

“和”を取り入れるうえで注意したことはありますか?

和を取り入れた施設設計では、ともすると、民家調の居酒屋や温泉宿みたいになってしまう恐れがあります。そこで、和のテイストだけを生かすことに注力し、やり過ぎてキッチュな印象になることだけは避けたいと思っていました。

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(左上)ワイドな障子窓を設けた待合室。(右上)受付背面に用いた瓦素材のタイル。(左下)医院のロゴマークを配したエントランスのドア。(中央下)待合室にある床の間風のアルコーブ(くぼみ)。(右下)廊下の奥に設けた坪庭。

障子を通してやわらかな光が差し込む院内に、床の間や坪庭など和の演出

設計時に採用した和の素材にはどんなものがありますか?

まず待合室に設けた障子窓です。実は、このビルは横浜中華街から元町商店街に向かう通りと高速道路沿いにある大通りの角に立地し、その2階にあるこのテナントスペースは道路側2面に大きな窓が広がっていました。その内側に、目隠しのブラインドではなく壁一面を、和紙を貼った障子にすることで、和の風情を表現できるとともに、室内にやわらかな光を取り込めるようにしたのです。

障子以外の待合室での和の演出について教えてください。

先生から「掛け軸を飾る場所が欲しい」と言われたため、当初待合室内で書棚にする予定だったくぼみスペースを利用し、床の間風の空間演出ができる一角を造りました。掛け軸と香炉は、先生が休みの日に骨董屋めぐりをして購入されたものです。また、壁は自然素材である珪藻土の白をコテで塗って日本伝統のしっくい壁風に仕上げたうえ、受付回りに無垢の白木や瓦素材のタイルを用いることで和の雰囲気を感じられるようにしました。

そのほか院内に設けた和風の設えとして何がありますか?

坪庭ですね。私が用意した和のイメージ写真の中にあった坪庭を先生が気に入られ、診察室と待合室をつなぐ廊下奥に廊下の明り取りを兼ねて設けることになりました。 私のイメージスケッチをもとに、エクステリア専門業者に施工してもらったのですが、柴垣を背景に庭石、つくばい、かけひを配し、苔玉が吊るされた本格的な和空間となっています。苔玉については、坪庭では視線が下向きになりがちなので、空間を立体的に見せようと取り入れました。

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坪庭設計時のイメージスケッチ

高級ホテルなどにも採用されているらんま組子を診察室の目隠しに

診察室にも和の雰囲気を取り入れているのでしょうか?

待合室同様、窓側の診察室は障子があるため、やわらかな光が差し込む明るい和空間になっています。また、診察室奥の壁面には、錆びて老朽化した排煙窓があるのですが、その目隠しのために、伝統的な和文様が施されたらんま組子細工を配置しました。これは高級ホテルやレストランなどにも採用されている富山県のらんま組子専業メーカーの製品で、患者さんが緊張しがちな診察室に、木のぬくもりや和ならではやさしさを与えてくれると思います。

エントランス近くにある賞状展示スペースについて教えてください。

これも先生のリクエストによって設けたスペースです。実は、このクリニックは外階段側にあるメインのエントランス以外に、ビル中央のエレベーターホールからも出入りできるのですが、そこから待合室の入口まで続く廊下を展示スペースにしました。展示物を引き立てるために壁材にもこだわり、コテで塗った珪藻土を櫛引模様にすることで風合いのある表情をもたせました。ちなみに珪藻土という素材は防湿・消臭効果も備えているため、いわゆる“病院臭”を緩和することも期待できると考えています。

また、待合室への入口、メインエントランス正面の壁のアルコーブ(くぼみ)に生花を飾って患者さんをお迎えするという空間演出をしています。生花を飾るうえでは人の視線の高さに配置したほうが好印象になると思ったので大きめの花瓶が必要でしたが、市販品では思うような物がなく、一から作ると高額になるので、ガラスの筒に金属フィルムを貼るという工夫でコストを抑えました。このように細部までこだわった提案ができるのが、私が手がける医療設計の特徴だと思います。

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(左上)障子越しにやわらかな光が差し込む窓側の診察室。(右)診察室奥にある排煙窓の目隠しとして設けたらんま組子の拡大写真。(左下)表彰状の展示スペースの壁は櫛引した珪藻土を使用。(中央下)エントランス前のアルコーブに飾られた生花が患者さんをお出迎え。

先生や患者さんからの評判はいかがでしょうか?

先生からは希望通りのものができたと喜んでもらえました。このクリニックの患者さんは高齢の方が多いのですが、落ち着いた感じがして居心地がいいと評判がいいようですね。
また、医療テナントの入居を希望されていたビルオーナーさんからも「品のいいクリニックができた」と絶賛されているようです。

平面図
※クリックすると拡大します

まとめ

いかがだったでしょうか?クリニック建築に和の要素を取り入れた例は珍しいと思いますが、こうしたテイストもうまく生かせたら、他院との差別化を図れる一つのポイントになるでしょう。次回以降も、医療設計を手掛ける建築家に取材を行い、個性的なクリニックをご紹介します。

また、エムスリーでは、患者さんが行きたくなる・患者さんに選ばれるクリニックづくりに向け、先生方のお悩みを専門のコンサルタントがヒアリングし、ニーズにあった事業者をご紹介いたします。
ぜひお気軽にご相談くださいませ。

【取材対象者】
一級建築士事務所 設計本舗・W(株式会社設計本舗)
代表 中村知紀氏
[所在地]東京都国分寺市
[URL] http://www.sekkeihonpo.co.jp
首都圏を中心に多くのクリニック設計を手がける建築設計事務所。患者さんが自分の家にいるような安心感を感じられる空間づくりなど利用者視点に立った施設設計に注力し、それが他院との差別化や集患につながることを目指しています。

【クリニック内写真】輿水 進