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2021/04/15   院長の希望を叶えたハワイのカフェのようなクリニック

建築家が語る病院の裏側Vol.5

院長の希望を叶えたハワイのカフェのようなクリニック

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クリニック経営を成功させるうえで重要な要素でもある、施設設計。患者さんに選ばれる空間をつくるために、建築家は院長とどのような打ち合わせを行い、こだわりのクリニックを完成させていくのでしょうか。
今回は、名古屋市の設計事務所TSCアーキテクツ代表の田中義彰氏に、自ら設計を手がけた、リゾート地のカフェのようなカジュアルな印象の「メンタルクリニック ナイアちた」を紹介してもらいました。

【メンタルクリニック ナイアちた 建築データ】
[所在地]愛知県知多市新知西町
[敷地面積]240.31m2(72.69坪)
[延床面積]136.57m2(41.31坪)
[構造・規模]木造平屋建て
[院長]渕野真広氏
[診療科目]心療内科・精神科
[URL]https://www.naia-c.jp
[新規開院]2020年5月

院長の希望はハワイのカフェのようなカジュアルさ

設計を請け負うことになったきっかけは?

建築相談というかたちでHPに問い合わせいただいたのがきっかけです。院長の渕野真広先生は当時愛知県精神医療センターに勤務されていたのですが、この地域で長く診療されていた精神科クリニックの閉院に伴い、そこの患者さんを引き継いで新規開業されることになったそうです。そこで、当事務所にクリニック設計のプレゼン依頼をしたいとご相談いただきました。

設計~施工~竣工までのスケジュールを教えてください。

2019年5月頃に先生のこだわりや建築イメージをヒアリングした後、6月末にプレゼンを行い、7月~10月の4カ月間が設計期間となりました。その後、11月~翌2020年4月に工事を行い、開院は5月です。今回はタイトなスケジュール進行だったうえ、工事期間中に新型コロナの感染拡大が広がり、一部の設備機器納入が遅れるという想定外の事態が起きましたが、なんとかギリギリで間に合って予定通りに開院できました。

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最初のヒアリング時に聞き取った先生のこだわりや建築イメージについて教えてください。

「偉そうな建物は嫌です!!」というのが、先生の第一声でした。ここで診察を受ける患者さんにはリラックスして過ごしてほしいので、「偉そう」「立派」とは対極の、カジュアルな建物にしたいと強調されていました。

クリニック名の「Naia(ナイア)」とは、ハワイ語でイルカを意味するため、ハワイによくあるカフェやサーフィンショップ、コテージのような外観でもよいし、一見クリニックに見えなくても構わないと。知多市自体が海の街なので、海辺のイメージはぴったりなのではないかとおっしゃっていました。

空間内のつながりを大切にした設計プランを提案

ヒアリングを受けてどのような設計案を構想されたのでしょうか?

今回はコンペではなかったので、まず、私が考えるカジュアルとはどういうものか、イメージ画像や建物の写真を先生と共有することから始めました。また、打ち合わせの中で先生がおっしゃった「心の病気は誰もがかかるもので、そんなに隠す必要はないのでは」という言葉を手がかりにしながら、以下の3点からなるコンセプトと3DCGソフトで作成した設計プランを提案しました。

  1. 大きな切妻屋根とやや低めの小屋根が連なる外観を設計(大屋根の下は待合室などのパブリックスペース、小屋根の下は診察室などのプライベートスペースを配置)
    ⇒クリニックが患者さんを優しく包み込むイメージを表現
  2. 屋内はそれぞれの部屋に分かれていながら、上部がつながっている
    ⇒人のつながりの大切さを表現
  3. 構造材が見えるなど、木の素材に包まれた内装を配置
    ⇒カジュアルなイメージを表現

こうした「包み込む」「つながり」「カジュアル」というキーワードに先生も共感していただき、この設計案でプロジェクトを進められることとなりました。

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プレゼン時にTSCアーキテクツが提出した3DCG画像(上は外観、下は待合スペース)。

心療内科・精神科ということで設計上配慮したところはありますか?

通常、クリニックの天井や壁は、壁紙や塗装などで白系に仕上げることが多いですが、ここでは来院した患者さんがリラックスしてもらえるように、内装全体に木の素材を多用しています。具体的には、天井の小屋裏部分には構造用合板、壁にはシナ合板やラワン合板などを用いました。

また、診察室は基本的にプライベートエリアなので、正面からは診察室が見えないようにしたり、隣地の学習塾との間に植栽を設けたりして、極力外部の視線を遮るようにしています。ただ、明るさと開放感を感じられるように診療室の窓側にはテラスや庭を設けました。

その他、診察室の設計でこだわったのはどんな点ですか?

診察室で先生と相対する時は個室にいると感じますが、出入口上の小屋裏の三角部分に小さな高窓を設けることで、建物全体とのつながりを感じられるようにしました。この小窓にはアクリル板を使用して、声漏れを防いでいます。
各診察室には、Kai(カイ)=海、Nalu(ナル)=波などハワイ語の名称がつけられていますが、こうしたところにも先生の遊び心が感じられます。

壁などに木の節が現れた合板を多用し、カジュアルな空間に仕上げる

平屋にした理由はありますか?

診療科として求められる規模感・ボリューム感を総合的に判断すると、2階建てにする必要性を感じませんでした。また2階を設けると階段部分の面積を取られますが、平屋ならその分を倉庫などに当てられるというメリットもあります。また、平屋のほうが、海辺のカフェ風のカジュアルな雰囲気も表現できると思いました。

待合室の設計で工夫した点を教えてください。

待合スペースは大屋根の下に当たるのですが、天井板を設けず、梁などの構造体が見える“現し仕上げ”にしているので、開放感あふれる雰囲気になっているかと思います。また、今回は構造材の接合で用いる金物が見えないようにして、木で包まれる感覚になるようこだわりました。

今回の設計で先生から評価されたのはどんなところですか?

外装には波板タイプの鋼板、内装には木の節が現れた合板などカジュアルな素材を多用することで、当初からの要望だった「偉そうではない建物」に仕上がっていることです。「自分が毎日過ごすのにぴったりなカジュアルな雰囲気です」と先生には喜んでいただけました。先生の思いやこだわりを建築で実現できたのは、設計期間を通して先生とイメージを共有できていたからだと思います。

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(左上)屋根の形状の違いなどがよく分かるクリニックの航空写真。(中上)診察室入り口と診察室内部。(右上)ウッドデッキを設けたテラス。(左下)天井の梁などあえて見せるデザインとした待合室と受付の様子。(中下)ハイサイドからも光が差し込む開放的な待合室。(右下)クリニック外観夕景。

患者さんやスタッフからよかったと言われたのはどの部分ですか?

患者さんからは、ウッドデッキのテラスや庭とダイレクトにつながっている診察室の雰囲気がプライベート空間みたいで落ち着けると言ってもらえたそうです。そのあたりもこだわったところだったので自分としてもうれしかったですね。

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クリニック間取り図。

いかがだったでしょうか?海辺のカフェのようなカジュアルな雰囲気の「メンタルクリニック ナイアちた」は、患者さんはもちろんスタッフにもリラックスした空間を提供しています。次回も引き続き、TSCアーキテクツ代表田中氏が設計を手がけた「植谷医院」を紹介します。

エムスリーでは、患者さんが行きたくなる・患者さんに選ばれるクリニックづくりに向け、先生方のお悩みを専門のコンサルタントがヒアリングし、ニーズにあった事業者をご紹介いたします。
ぜひお気軽にご相談くださいませ。

【取材対象者】
TSCアーキテクツ 代表 田中義彰氏

[所在地]名古屋市中村区千原町4-3 ワカヤマビル3F
[URL]http://www.tsc-a.com
名古屋市を中心に多くのクリニック設計を手がける建築設計事務所。街並みを形成するその敷地のローカリティをつかみ、クライアントの対話の中から生まれてくる「意味のあるデザイン」をつくることを基本姿勢としています。