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2021/04/13   デザイン案を見た院長が即決!現代的な木のクリニック

建築家が語る病院の裏側Vol.3

デザイン案を見た院長が即決!現代的な木のクリニック

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患者さんに来院のきっかけづくりを提供し、他院との差別化を図るうえでもクリニック設計は重要な要素です。そこで、本連載では医療設計に詳しい建築家に話を伺い、院長と共に造り上げたクリニックのこだわりポイントを解説していただいています。今回は、名古屋市の設計事務所TSCアーキテクツ代表の田中義彰氏に、自ら設計を手がけた、やさしい木の表情と大きな庇が特徴の「たけなか外科内科こどもクリニック」を紹介してもらいました。

【たけなか外科内科こどもクリニック 建築データ】
[所在地]名古屋市北区金城町
[敷地面積]711.61m2(約215.26坪)
[延床面積]501.10m2(約151.58坪)
[構造・規模]鉄骨造2階建て
[院長]竹中拡晴氏
[診療科目]外科・内科・小児科
[URL]https://www.aisei-med.org
[移転開院]2019年1月

現代的な木の建物をつくることで、地域に良好な景観をもたらす

設計を請け負うことになったきっかけを教えてください。

私がかかわる以前に、別の設計事務所で進められていたそうですが、諸事情があって一旦仕切り直しとなり、新たに設計コンペを行うにあたって当事務所にも声がかかったのが今回の案件に関わったきっかけです。

もともと院長の竹中拡晴先生は、勤務医として経験を積んだ後、父親が長く営んできたクリニックに2010年頃から勤め始めたそうです。その建物は現在のクリニックの近くにあったのですが、自らが院長となって医院を引き継ぐことになった際に、自分の診療コンセプトに合ったクリニックを建てたいと移転計画を思い立ったとお聞きしています。

設計~施工~竣工までのスケジュールはどのようなものでしたか?

プレゼンに先立ち、2017年8月頃に先生のこだわりや建築イメージをヒアリングした後、10月にプレゼンを行い、翌2018年4月までの6カ月間が設計期間となりました。最初の3カ月間は月に2~3回のペースで先生と打ち合わせしながら間取りなどの基本プランを固め、その後の3カ月間は構造や設備の専門家とともに詳細設計を詰めていきました。その後、5月~12月に工事を行い、翌2019年1月に開院です。トータルでは1年3カ月くらいかかりましたね。

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最初のヒアリング時に聞き取った先生のこだわりや建築イメージについて教えてください。

屋根をかけた住宅風の建物より四角い建物にしたいというのが先生のご希望で、「エリア的に耐火基準を満たす必要があるけれど、できることなら木の温もりが感じる建物にしたい」ともおっしゃっていました。ヒアリング後は、「先生のご要望と周辺環境について考慮したうえで、この土地でしか実現できないオリジナリティのある建物設計に取り組みます」とお伝えし、提案作業に入ることとしました。

要望を受けてどのような設計案を構想されたのでしょうか?

この辺りは、工場や住宅、商店などが混在した雑然とした地域でした。先生からの要望でもありましたが、こうした地域だからこそ温もりのある木の建物を作れたら、良好な街並みづくりに貢献でき、地域に開かれたクリニックというイメージも発信できると考えました。こうした基本構想をもとに、以下の3つのデザインストラテジーを立て、プレゼン時には模型やプレゼンシートなどを使いながら提案を行いました。

  1. 街との調和と連携を図る大きな庇を設置
    木質の大きな庇は、患者さんを迎えるアプローチ空間だけでなく、縁側のような地域コミュニティの場とします。
  2. 地域とつながるL字の吹き抜け空間を創出
    陽だまりと開放的な雰囲気を感じさせる吹き抜け空間を道路に沿ってL字型に計画。その下部にはクリニック機能と社会をシームレスにつなぐためのバッファーゾーン(緩衝地帯)として待合スペースを設けます。
  3. 温もりのある透明性をつくる
    患者さんが長く滞在する待合室には木の素材をふんだんに使い、安らぎを感じられる空間としたうえで、木の温もりをガラス窓から街並みへと表出できるようにします。

このほか、勤務医時代、心臓外科医として先端医療にかかわってこられた先生のキャリアも考慮して、木を多用するにしても、古民家風などではなく、現代の技術を駆使した鉄骨造の木の建築を提案したいと思いました。

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(左上)現地航空地図(左下)提案時に使用した模型(右)プレゼンシートの一部。

プレゼンを聞いた後、先生の反応はいかがでしたか?

話を聞き終えた先生から「いいですね、これください!!」と言われました。それぐらい気に入ってもらえたようです。その結果、この後実施予定だった他の事務所の提案はキャンセルとなり、当事務所の案で設計を進めることになったのです。

大きな庇のおかげで、外部に採用した木の素材の劣化も少ない

開放感のある建物ですが、プライバシーにも配慮されているのでしょうか?

2階は、吹き抜けの奥にあるので外部の視線は気になりませんが、1階の窓には、日射や外部の視線を遮るためのロールスクリーンを設けました。ただ、診察室などは閉鎖空間になっていますし、待合室に置いた長椅子は窓とは反対面を向いているため、ロールスクリーンを全閉にすることはないそうです。そのため、私が当初意図した、室内の木質感を外部に表出できている点ではうれしく思っています。

木を使ううえでメンテナンスなどに気を遣う必要はあるのですか?

今回の設計では、ガラス窓が内部空間に多用した木がガラス窓を通じて外に見えるような仕組みになっているので、基本的には木の劣化への心配は要りません。もちろん天然木を外壁など外観にも採用しているのですが、大きな庇のおかげで直射日光にさらされることはありませんし、庇の軒天部分も同様です。その結果としてメンテナンスの手間を最小限にし、建物自体の長寿命化にも貢献できると思っています。また、天然木ならではの多少の経年変化も味わいとして趣があると思います。

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(左上)南面の待合スペースにある受付とキッズコーナー。(右上)待合スペースから上部の吹き抜けを望んだところ。(左下)庇は軒天にも天然木を採用。(中下)木の枝のように広がった構造材が建物を支える。(右下)2階に配置された開放的なリハビリ室。吹き抜けを介して街とつながる。

イタリアの建築賞や愛知まちなみ建築賞などを受賞

3つの待合室はどのような使い分けをされていますか?

来院した患者さんは、エントランス近くにある南側の待合室で受付をした後、内科・外科・検査系は東側にある中待合室にて、小児科は西側にある待合室で診察の順番を持ってもらいます。さらに診療終了後は、再度受付前の待合室に戻って会計を済ませることになります。このように患者さんの流れが交錯しないスムーズな動線計画が施されています。さらに、外部から直接出入りできる隔離診察室も完備しています。

2階はどのような室内構成になっていますか?

2階にはリハビリ室とスタッフエリアを設けています。リハビリ室は、吹き抜け空間を通じて1階の待合室から見えるので、来院した患者さんにその存在を認知してもらえますし、エレベーターがあるのでアクセスも容易です。また、その隣にあるスタッフエリアは、先生の要望によりスタッフの勉強会ができるカンファレンスルームを設けました。ガラス貼りのオープンな院長室は隠し事をしない気さくな性格の表れかと思います。

院長先生からはどのような評価の言葉をいただきましたか?

想像以上に木の温もりに溢れたクリニックに仕上がったとおしゃっていただきました。この建物によってイタリアのデザインアワード「A’ Design Awards & Competition」で金賞をもらったり、スペインでレクチャーする機会をいただいたりして、先生にも喜んでもらえました。また、「愛知まちなみ建築賞」を受賞した時は、一緒に表彰してもらえたので非常によかったですね。

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(左上)温かみのある光が外部に漏れるクリニックの夕景。(右上)2階間取り図。(左下)1階間取り図。(右下)建物南面に位置する受付と待合スペース。

「たけなか外科内科こどもクリニック」は、地元の建築賞を受賞したことから名古屋市内の開業医の間でも有名で、「あんな建物にしてほしい」と希望される医師も多いのだそうです。次回も、TSCアーキテクツ代表の田中氏が設計を手がけた「平野医院」をご紹介いただきます。

エムスリーでは、患者さんが行きたくなる・患者さんに選ばれるクリニックづくりに向け、先生方のお悩みを専門のコンサルタントがヒアリングし、ニーズにあった事業者をご紹介いたします。
ぜひお気軽にご相談くださいませ。

【取材対象者】
TSCアーキテクツ 代表 田中義彰氏

[所在地]名古屋市中村区千原町4-3 ワカヤマビル3F
[URL]http://www.tsc-a.com
名古屋市を中心に多くのクリニック設計を手がける建築設計事務所。街並みを形成するその敷地のローカリティをつかみ、クライアントの対話の中から生まれてくる「意味のあるデザイン」をつくることを基本姿勢としています。