特集記事アーカイブ

開業物件

2021/04/15   自院は地域のランドマーク!「家型の出窓」で子どもを見守る

建築家が語る病院の裏側Vol.4

自院は地域のランドマーク!「家型の出窓」で子どもを見守る

写真

患者さんに来院のきっかけづくりを提供し、他院との差別化を図るうえでも重要なクリニック設計。本連載では医療設計を数多く手掛ける建築家が、院長と共に造り上げたクリニックのこだわりポイントを解説します。今回は、名古屋市の設計事務所TSCアーキテクツ代表の田中義彰氏に、屋根のような個性的な外観と出窓が特徴の「平野医院」を紹介してもらいました。

【平野医院 建築データ】
[所在地]愛知県津島市西愛宕町
[敷地面積]447.00m2(約135.21坪)
[延床面積]287.98m2(約87.11坪)
[構造・規模]木造2階建て
[院長]平野高水氏
[診療科目]内科・消化器科・小児科
[URL]
https://iryojoho.pref.aichi.jp/medical/detail.cfm?objectid=53491&objecttype=1,2,4
[改築開院]2014年8月

周囲の街並みに圧迫感を与えないように、外壁を傾斜させた外観デザイン

設計を請け負うことになったきっかけを教えてください。

HPへの問い合わせです。当時ここには先代の院長が建てた古いクリニックがあり、そこを現院長の平野高水先生が受け継いで診療されていましたが、施設の老朽化もあって建て替えることになったそうです。そのため、いろいろな医療建築の事例を調べる中で当事務所が手がけた物件を気に入られたようで、「あの事例はいいですね」とお話しいただいたのが印象的でした。当時先生は50歳ぐらいだったかと思います。

設計~施工~完成まではどのようなスケジュールで進められたのでしょうか。

2013年11月に先生のこだわりや建築イメージをヒアリングした後、2014年3月に最初のプレゼンを行いました。その後6月までの4カ月間は、先生と2週間に1度程度打ち合わせを行って間取りや仕様などの基本設計を固め、7月~9月にかけて実施設計を詰めていきました。そこから隣地に仮診療所を建設した後、既存医院を解体し、2015年1月より新築工事に入り2015年8月に新しいクリニックが開院。設計から竣工まで1年半ほどかかっていますね。

写真

最初のヒアリング時に聞き取った先生のこだわりや建築イメージについて教えてください。

先生は、四角い箱型よりも、屋根がかけられた住宅風の建物にしたいとおっしゃっていて、内装は木の温もりを感じる雰囲気を希望されていました。また、医院の前は近隣の小学校の通学路であるため、前を通る子どもたちに親しみを感じてもらえるやさしい建物がいいなぁという希望も話しておられました。

要望を受けてどのような基本設計を構想されたのでしょうか?

この敷地は閑静な住宅地の中の2つに分岐した通りの内側にあります。この敷地を目一杯使って四角い建物を建てることも可能ですが、そうなると両方向の通りや街並みに圧迫感を与えてしまう恐れがありました。そこで、いろいろ検討する中で、そもそも建物は四角である必要はないし、傾斜した外壁もありかなと思うようになりました。また、先生からも「2階は院長室とスタッフ休憩室さえ確保できればいい」と言われていたこともあり、中央がとがって屋根が地面まで伸びたこのフォルムをデザインしたのです。

写真

提案時に使用したプレゼンシートの一部。

外壁から飛び出した「家型の出窓」で地域の子どもを見守るイメージを創出

「家型」の出窓はどうやって発想されたのでしょうか?

現地に出向いて黄色い帽子を被った小学生たちが通学している様子を見た時、「子どもたちを見守る建物にしたいなぁ」と思ったんです。それらを具現化するために家庭のシンボルである「家形」の出窓が通り沿いにボコボコ飛び出すようなデザインにしました。これなら子どもたちにも親しみを感じてもらえるはずだと。また、壁が傾斜していると、中にいる人が圧迫感を感じる可能性もあるので、それらを軽減するには張り出した出窓は有効かなと考えたという意図もあります。

出窓を作るに当たって苦労されたところはありますか?

今回は、大きさの異なる出窓の枠を大工さんにオリジナルでつくってもらっています。その製作に当たって、接合面などの座標を割り出せるように3DCADで詳細な図面を作ったのは結構大変でしたね。

プレゼンの結果、先生の反応はいかがですか?

先生は、普通の建物が提案されると思っていたらしく、最初はこのデザインを見た時は驚かれたようです。ただ、私は奇抜な建物を建てるつもりはなく、この傾斜した壁や出窓にはこういう意味があるということを順々に説明していったら、ご理解いただき、計画が実現に至りました。

待合室など内部空間の工夫について教えてください。

クリニックに設けた家型の出窓は、直接光が差し込む通常の窓とは異なり、一旦壁にバウンドし、ふわっと柔らかな光になって室内に降り注ぎます。また、屋内には大小の複雑な形をした空間を設けていて、それらを覆う内装材も床面のチーク材をはじめ、ラーチ、レッドシダー、OSB、コルク、ラワンなど、多様な樹木や合板を採用。これらをパッチワークのように組み合わせることで、温かみがあり、多様な表情をもつ空間に仕上げました。

写真

(左上)吹き抜けの待合室と受付。(右上)無垢のフローリングを配した待合室。(左下)出窓から光が漏れる夕景(中下)軒天にも天然木を配した出窓。(右下)診察室の雰囲気。

建物全体を覆う屋根材は、汚れにくくメンテナンスも不要

メンテンス面で気をつけたことはありますか?

屋根をそのまま地面まで下ろした外観となっているため、通常の外壁に当たる部分には、ガルバリウム鋼板というメッキ加工を施した金属板を採用しています。この鋼板は、耐久性に優れ、汚れにくく、メンテナンスも不要のため、運用コストの軽減にも貢献していると思います。

先生や患者さんから評価されたポイントはどこですか?

先生から、「最初はびっくりしたけど、今では愛着を感じています」と言われた時はうれしかったですね。また、患者さんからは「内装が医院っぽくない雰囲気でいいね」「夕方になると、形の異なる家型の出窓から光が漏れてキレイ」などと言ってもらえたそうです。

引き渡し後も院長先生とおつきあいはありますか?

建物のデザイン性が評価され、中国の国際建築賞や建設材料メーカーが主催するコンテストで賞をいただく機会に恵まれました。このことを報告したら先生も非常に喜んでいただけたのでよかったと思っています。

写真

(左上)1階・2階間取り図。(右上)周辺地図。(下)立面図。

通常のクリニック建築では、その用途から無機質で機能的な白い空間に仕上げられることが多いのですが、平野医院では多様な素材を組み合わせることで、これまでにない有機的な雰囲気に仕上げ、患者さんに安らぎを感じてもらえるような工夫がみられます。次回も、TSCアーキテクツが手がけた医院建築の中から「メンタルクリニック ナイア知多」をご紹介いただきます。

エムスリーでは、患者さんが行きたくなる・患者さんに選ばれるクリニックづくりに向け、先生方のお悩みを専門のコンサルタントがヒアリングし、ニーズにあった事業者をご紹介いたします。
ぜひお気軽にご相談くださいませ。

【取材対象者】
TSCアーキテクツ 代表 田中義彰氏

[所在地]名古屋市中村区千原町4-3 ワカヤマビル3F
[URL]http://www.tsc-a.com
名古屋市を中心に多くのクリニック設計を手がける建築設計事務所。街並みをつくるその敷地のローカリティをつかみ、クライアントの対話の中から生まれてくる「意味のあるデザイン」をつくることを大切にしています。