特集記事アーカイブ

開業物件

2021/04/15   宙に浮く大庇がポイントの住居併設型クリニック

建築家が語る病院の裏側Vol.6

宙に浮く大庇がポイントの住居併設型クリニック

写真

他院との差別化を図り、クリニック経営を成功させるうえでも重要な施設設計について、医療設計に詳しい建築家に話を伺っている本連載。建築家はどのように院長の要望を具現化しているのでしょうか。今回は、名古屋市の設計事務所TSCアーキテクツ代表の田中義彰氏に、自ら設計を手がけた、浮いているような大きな庇と中庭が特徴の「植谷医院」を紹介してもらいました。

【植谷医院 建築データ】
[所在地]名古屋市南区桜台
[敷地面積]891.38m2(269.94坪)
[延床面積]448.76m2(135.75坪)
[構造・規模]鉄骨造2階建て
[院長]植谷忠之氏
[診療科目]内科、循環器内科、小児科
[URL]https://uetani-clinic.com
[建替開院]2011年2月

「フローティングツリーキャノピー(浮遊する木製の庇)」がコンセプト

どのようなきっかけで設計を請け負うことになったのでしょうか。

HPに問い合わせがあり、連絡してみると、クリニックの建替えにあたってフィーリングの合う建築家に依頼したいと。すでに何人かと面談も計画されていたところで、私とも直接会って話をしてみたいというご希望でした。
植谷医院は昭和15年に開業したクリニックで、現院長の植谷忠之先生が3代目として就任するにあたって、クリニックの建替えを計画されていたのです。
話をする中で、先生と私の年齢が同じということが分かって話が盛り上がり、プランを提出させてもらえることとなりました。

設計~施工~竣工までのスケジュールを教えてください。

プレゼンに先立ち、2009年6月頃に先生のこだわりや建築イメージをヒアリングした後、8月初めにプレゼンを行い、8月~翌2010年3月の8カ月間が設計期間となりました。12月までの約5カ月間は2週間に1回のペースで先生と打ち合わせを行って間取り、仕様などの基本プランを固め、翌2010年1月~3月は構造や設備などの詳細を詰めていきました。その後、5月~翌年1月で工事を行い、2月に開院です。設計から開院までトータルで1年7カ月かかりましたね。

写真

最初のヒアリング時に聞き取った先生のこだわりや建築イメージについて教えてください。

今回は建替えの案件で、以下の3点が先生からの要望でした。

  1. 建替え時に診療は止めたくない。そのため駐車場があった場所に、新しい医院を建て、引っ越ししてから既存医院を解体するスケジュールにしたい。
  2. 奥まった場所に、新しい医院を建てることで起きる大通りからの視認性の低下(目立たなくなる)という問題をなんとかしたい。
  3. この周辺は住宅や商店が密集し、隣には8階建てのマンションがある。クリニックは住居併設型なので、プライバシーが配慮された快適な建物にしたい。

ヒアリングを受けてどのような設計案を構想されたのでしょうか?

プレゼン時は、模型と間取り図を用意して臨みました。まず、建物の視認性を向上させるために、「フローティングツリーキャノピー(浮遊する木の庇)」をコンセプトに、遠くから眺めると大きな庇が浮いているように見える外観デザインを構想しました。また、敷地がマンションや住宅に接していて大きめの窓が作れないという問題を解決するために、屋根の中央をくり抜いて光のヴォイド(空洞)として中庭をつくる計画としました。さらに庇の浮遊感を出すために外壁と屋根の間にガラススリットを設けました。そうすることで、屋内に陽射しを取り込めるだけでなく、夜間は室内から溢れ出る光が軒天を照らし出すことになり、クリニックの視認性向上に役立つと考えたのです。この大庇と中庭というアイデアに対して「すごくいいね」と先生に言っていただき、設計を任せてもらえることになりました。

写真

(上)プレゼン時のコンセプトシート。(左下)日中の外観。(右下)夜間時に建物の中の光がガラススリットを通じて庇を照らしている様子。

外部環境を屋内に自然に取り込めるようにガラスで中庭を覆う

中庭をつくるうえでこだわったところを教えてください。

建物中央に計画した中庭は、外部環境をそのまま取り込んだ空間にしたかったので、フレームのないガラスのみで1階から屋根までを覆えないかと思いました。そこで、施工的には大変でしたが、床面と天井面の枠にガラスを埋め込んだ、フレームレスな空間に仕上げたのです。
また、2階の住居部分も中庭に接しているため、1階にいる患者さんからのぞかれる可能性がありました。そこで2階中庭のガラスには、トップダウンもボトムアップも可能なシェードを設け、プライバシーと光の量の自在に調整できるようにしています。

写真

(左上)中庭と隣接する受付と待合スペース。(右上)天窓から光がさし込む中庭には庭木を植えて安らげる空間を演出。(左下)診察室、処置室、検査室などは中庭の周りに配置。(中下)待合室上部の吹き抜けにはスリット窓を設け、陽射しを取り込めるように工夫。 (右下)中庭の周りは、フレームレスガラスですっきりと演出。

庭木など、中庭の演出について教えてください。

先生からは、なるべく手入れの負担がかからない庭にしてほしいと言われていたので、造園会社と打ち合わせをして、庭木はソヨゴなど常緑広葉樹中心に選定し、グランドカバー用として冬でも枯れにくい竜の髭を植えました。そのため、多少和のイメージに仕上がっているかと思います。また、中庭の周囲は木とタイルを用いてナチュナルな印象に仕上げ、中庭内のウッドデッキとのつながりを意識しています。

庇を浮いたように見せるうえで苦労したところはありますか?

構造の専門家と何度も打ち合わせをして、前面に4m程度張り出させることで、遠目からは宙に浮いて見える庇を実現できました。これは、建物構造を鉄骨造にしたから実現できたことでもあります。もともと、このエリアは準防火地域に指定されていて鉄骨造などの準耐火建築物にする必要があったのですが、2階の住居部分を1階のプランに左右されずに自由にレイアウトができたのもこの構造を採用したメリットだと言えるでしょう。

中庭回りがギャラリーのようだと患者さんから高評価

待合室や診察室の配置など1階の間取りについて教えてください。

中庭を中心に診察室、検査室、処置室などを配置しています。そのため、患者さんの動線は中庭を回遊するようになっているのが特徴です。また、診察室と処置室、検査室、受付が隣接し、それらを奥の通路で結ぶことで、スタッフの移動がスムーズになるように配慮しました。
さらに、待合スペースは、中庭から陽射しが差し込むだけでなく、吹き抜け上部にスリット状の窓を設けたので、そこからも光が入るようになっています。夜間は逆に、このスリット窓や中庭を通して、待合室の光が漏れ出して軒天井を照らすようになっているのです。

今回の設計で先生から評価されたのはどの部分ですか?

「大きな庇=植谷医院」というイメージが地域で定着したことでしょうか。特に夜、内部の光で照らされて浮かび上がって見える大庇はインパクトがあり、一度見たら忘れられないと先生に喜んでもらいました。ちなみに外観正面に設置した「植谷医院」のサインに用いた明朝体のロゴは先生が直々デザインされたもので、これも視認性向上に役立っていると思います。

スタッフや患者さんからの感想も教えてください。

「屋内に居ながら外のような開放感を感じる」「天井の仕上げに木を用いているため落ち着いた感じがする」といった感想をいただいています。また、中庭の周りを歩いていると、「ギャラリーに来たような感じがする」と言っていた患者さんもいらっしゃったそうです。

写真

クリニック間取り図。

「植谷医院」は、住宅や商店が密集した都市部に立地する建物のため、外部の環境を取り込むのではなく、敷地内で自ら良好な環境を創り出しているのが特徴です。開業や建替えを検討されている先生方は参考になさってみてはいかがでしょうか。

エムスリーでは、患者さんが行きたくなる・患者さんに選ばれるクリニックづくりに向け、先生方のお悩みを専門のコンサルタントがヒアリングし、ニーズにあった事業者をご紹介いたします。
ぜひお気軽にご相談くださいませ。

【取材対象者】
TSCアーキテクツ 代表 田中義彰氏

[所在地]名古屋市中村区千原町4-3 ワカヤマビル3F
[URL]http://www.tsc-a.com
名古屋市を中心に多くのクリニック設計を手がける建築設計事務所。街並みを形成するその敷地のローカリティをつかみ、クライアントの対話の中から生まれてくる「意味のあるデザイン」をつくることを基本姿勢としています。