Vol.1 引き際に失敗、晩節を汚した名門開業医
厚生労働省の調査(※1)によると、2018年の全国診療所数(民間経営)は約9万件、また60歳以上の開業医の割合は約半数にのぼると報告されています。人生100年時代、定年退職という概念が薄い医師社会…m3.com読者の医師の皆さまも、生涯現役を貫こうという高い志をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、医師であっても老いは平等に訪れます。やがて訪れるいざというとき、晩節を汚さないために考えておきたい引き際について、多くのクリニック継承(譲渡)を手掛けてきた医院継承コンサルタントの村田耕平氏に聞きました。
※1厚生労働省「平成28年医療施設(動態)調査」「平成28年医師・歯科医師・薬剤師調査」
開業医の半数が60代以上、7割が後継者不在
高齢化が進んでいるとはいえ、開業医の約半数が60歳以上というデータには驚きました
「そうですね。60代といえば民間企業では定年退職を迎える年齢です。開業医には定年がありませんので、人生100年時代、生涯現役で…とお考えの医師の皆さまも少なくないようですが、ご病気や、近しい人の不幸などを機に、引退について考えられる方が多いようです。」
ご開業医の先生が引退されるとなると、医院はどうなるのでしょうか?
「跡継ぎの先生が決まっていれば代替わり、ということになりますよね。ご子息・ご息女に医院を引き継ぐ…というのがこれまでの王道でしたが、最近ではご子息・ご息女に医師がいなかったり、医師であったとしても診療科が違ったり、診療や研究を続けたいから引き継ぎたくないなどのケースも散見されます。私たちの調査(※2)では、60歳以上の開業医の先生方の後継者不在の割合は70%に及んでいます。」
※1厚生労働省「平成28年医療施設(動態)調査」「平成28年医師・歯科医師・薬剤師調査」
後継者が不在の場合はどうするのですか?
「選択肢は2つあります。1つはシンプルに、廃業を選ばれるというパターンです。しかし、廃業するにもコストがかかります。医療機器や医療産廃物の処分費用、建物の原状復帰、従業員の退職金など、1000万円程度はかかるとお考え下さい。
また、都市部ならともかく、地方では医院は貴重な社会的インフラの役割を担っていることがほとんどです。その医院が無くなれば路頭に迷ってしまう患者さんが大勢いらっしゃる、というケースもすくなくないでしょう。このような事情から、責任感が強くまじめな先生ほど、自分が頑張らなくては…と無理をされてしまうようです。
もう1つの選択肢は、第三者へのクリニック継承(譲渡)です。第三者の医師が後継者となり、医院を継続してもらうという方法があるのです。内装や医療機器、スタッフをそのまま引き継いでいただくので、先に述べた廃業に係るコストがほとんどかからないばかりか、退職金代わりになるような、まとまった売却益をほとんどのケースで得ることができます。」
医院を第三者へ継承、メリットとデメリットは?
しかし、第三者の後継者など簡単に見つかるものでしょうか?
「ご自身でお探しになるのは難しいかと思いますが、われわれのような後継者探しを専門に行っているコンサルタントや、普段からお付き合いのある税理士・銀行等にご相談いただければ、先生方が考えていらっしゃる以上に道は開けるものです。
たとえば、ご開業をお考えの先生にとっても、クリニック継承(譲渡)には魅力があります。たとえば、新規開業では、医院が黒字化するまでに少なくとも数か月、数年かかるということも少なくありません。スタッフの採用でも苦労をされることが多いようです。しかし、クリニック継承(譲渡)であれば、もともとのスタッフや患者さんをそのまま譲り受けることができますので、初月から黒字、初期費用も短期間で回収できるのです。」
双方にとってwin-winの関係が築けるということですか?
「はい。クリニック継承(譲渡)は、譲渡する側にとっても、される側にとっても、メリットの大きい手段と言えます。もちろん、すべてのケースがうまくいくわけではありません。双方の医師が納得して、スタッフや患者さんにとっても良い形での継承をするためには、ある程度の時間が必要です。
採用経験のある先生ならなんとなくイメージがつくかと思いますが、いい人材であればあるほど、責任感もありますし、前職でも慰留されることが予想され、勤務開始までに時間がかかるものです。絶対ということはありませんが『明日からでも働けます!』というような方は、何かしらの理由があると考えておいたほうがいいでしょう。
病気をしてしまったので来月までに…など、急な継承を希望されるケースもありますが、急であればあるほど、よい形での継承が困難なことが多いように見受けられます。これは弊社のお客様ではありませんが、たとえばこんなケースがありました。
患者さんからの人望も厚く、代々地元の名士として尊重されてきた開業医のA先生が、急病で第三者への継承を決意。運よく、すぐに後継者のB先生が見つかり無事に継承はできたものの、B先生は医療技術が未熟で勤務態度も不真面目、長年働いてきたスタッフも去り、患者さんからの評判も地に落ちてしまった。
あまつさえ『なぜB医師なんかに病院を譲ったんだ』『A医師は名医だが人を見る目は無い』などと、後ろ指をさされるようになってしまったというのです。長年地域医療のために貢献し、人望も厚く、地元の名士として慕われた医師が、継承に失敗してしまったがために晩節を汚してしまった。大変にもったいないことです。」
このような失敗を他山の石とし、クリニック継承(譲渡)を成功させるためにはどうしたらいいのでしょうか?次回は、譲渡する側・される側、双方にとってメリットのあるクリニック継承(譲渡)を成功に導くために必要な“引き際の考え方”について、解説していただきます。
医院継承の専門家にご相談ください
(エムスリー株式会社 医院継承支援サービス)
【プロフィール】
村田 耕平氏 エムスリー株式会社 医院継承チームリーダー
ヘルスケア専門のコンサルティング会社にて、医療機関の運営・再生支援、自治体の医療計画策定支援、事業会社の戦略策定支援等に従事。その後、エムスリー株式会社にて医院の第三者継承支援に携わる。