2014/06/05 在宅療養支援クリニック「かえでの風」【後編)
前回は、在宅療養支援クリニック「かえでの風」の宮木先生に、在宅医療に取り組むきっかけと、開業時からの経営を成功させるためのポイントをうかがいました。
今回は、診療報酬改定で大きく影響を受けた在宅診療マーケットと、在宅医療の魅力について、宮木先生のインタビュー内容をお届けいたします。
医療法人社団 楓の風
在宅療養支援クリニック かえでの風
理事長・院長 宮木 大 先生
医師・経営学修士(MBA)
目白大学経営学研究所 客員研究員
在宅療養支援クリニック かえでの風
在宅医療を行う施設にとって、今回の診療報酬改定は確かに大きなダメージとなったようです。「暴挙だ」という声もありました。
しかし、訪問診療の報酬が外来より高いことに着目した「患者紹介ビジネス」が横行し、高齢者施設で暮らす患者を紹介してもらった見返りを業者に支払う医師が増えてきたという背景があったわけで、そうした事態を本質的に解消するという点では、診療報酬改定は評価できると思います。中には生活保護受給者をサービス付き高齢者向け住宅に入れるという悪質なケースもあったようです。
もっとも診療報酬改定で「困った」「暴挙だ」と言っているのは医療関係者だけで、当の患者様はというとまったく困っていません。当然のことですが。
困っているのはビジネスとして在宅医療を行っている施設の側であって、真に患者様のことを考えている施設は、確かに苦しいけれども、正常な状態に戻すにはいい機会だと思っています。
その意味で、今は過渡期です。時間がたって悪質な業者が自然に淘汰されれば、やがて経営状況は改善されるはずです。それまで歯を食いしばって頑張りる時期なのでと思っています。
ちなみに、当院ではもともと「最期まで家で生きたい人を支援する」という考えですので、施設の患者は少なく、居宅の患者がほとんどですから、影響はほとんどないと考えています。
そもそも在宅医療をビジネスとして考えることが違うと思うのです。私自身、在宅が医師にとってこれほど面白いものだとは、正直、想定外でした。在宅医療は、外来より一段低く見られているようなところがありますね。「こんにちは」ってお邪魔して、血圧を測って、いつもと同じ薬剤を出して終わり。それだけで診療報酬が出るから「カネ目当て」などという見方もされます。
なかなか薬をのんでくれない患者様がいたら、外来だったら「ちゃんとのんでください」と諭すぐらいしかできませんが、在宅医療なら相手の家に上がり込むから、なぜ薬をのまないかが見えてくる。例えば重度の要介護の配偶者を見るのに追われていて、自分の薬など二の次、三の次になっているという現実を見たりするわけです。ならば本当に必要なのは「ちゃんとのんで」と諭すのではなくて、ケアマネージャーに相談してヘルパーさんを派遣してもらうか、デイサービスに入れてもらうか、ということになります。確かに見た目は血圧を測って薬を出してということだけれど、実際にやっているのは、こんなに奥の深いことだったりするのです。さらにケアマネージャーと医師が話し合うことで、インタープロフェッションの実践にもつながる。これは医師としてすごく面白いことですし、モチベーションが上がります。
病院というのは大きなネジをスパナで回していくような存在で、在宅医療は小さなネジをいくつも締め直していくようなイメージですね。そして、患者様を囲んで、医師も看護師も、ケアマネージャーもヘルパーも、そして患者様の家族も、みんなが同じ円の上にいるんです。それで円の中心にいる患者様を支えている。医師がピラミッドの頂上にいる、病院の医療のあり方とはまったく違うと感じています。
その地区で有力な訪問看護ステーションと連絡を取って、チームを組むことをおすすめします。それで一緒に患者様を支えるようにするといいでしょう。
私は訪問看護ステーションを50ヵ所つくりたいと考えていますので、お近くの先生方にはぜひお声をかけていただきたいと思っています。今はまだ5ヵ所ですが、これから東京西部、神奈川を中心に開設する予定です。
相談の電話を受けて、訪問診療もして、ということになると医師1人では物理的な限界がありますから、ファーストコールはできるだけ看護師が受けるようにするなど、工夫はしていきます。その看護婦も、単に事実を報告して「先生、どうしましょう」と判断を仰ぐのではなくて、「私はこうした方がいいと思いますが、どうでしょう」と自分で判断を下せるように教育していくつもりです。
これから在宅医療を始めようという先生方の力になれると思いますので、どうぞご相談ください。
私の目標は、代官山のようなおしゃれな街にホスピスをつくることです。
そのホスピスの隣にはカフェがあったり、反対隣には三つ星のイタリアンレストランがあったり、さらにゆったりした書店があったりします。そして、がん末期の患者様がカフェでご家族とお茶を飲んだり、レストランでご飯を食べていたりする。そんな風景が当たり前になれば、社会は確実に変わると思うんです。
もちろんそうなっていくには、まだまだ障壁がたくさんあります。繰り返しになりますが医療従事者が在宅医療を一段低いものに見ていたり、何よりも患者様ご自身やご家族が「人生の最期を、それまでと何ら変わりなく大切に過ごす」ということを受け入れられていません。訪問診療に対する認知も高くないですし、実際、自宅で亡くなる人の数がここ10年間変わっていないことが、社会の空気が変わっていないことを示しています。
それを私は少しずつでも変えていきたい。コムラード(同志)と共に50ヵ所の拠点をつくり、500人の看護師が5000人の患者様を自宅で看取れるようにしたいのです。これが社会を変えていく大きな一歩になるでしょう。
振り返ってみれば、災害医療を目指すことから始まった私の医師としての人生も、いろいろ曲がりくねって、在宅医療という道にたどり着きました。人から見れば遠回りだったかもしれません。けれど大学時代の恩師が教えてくれた「どんなに迷ったとしても自分が選んだなら、それは一本道」という言葉の意味を、私は今、まさしくその通りだったとかみしめているところです。