2014/05/22 在宅療養支援クリニック「かえでの風」(前編)
最期まで自分らしく地域で生きられる社会を目指して在宅介護・在宅医療事業を展開する「楓の風」グループ。
その一員として在宅療養支援クリニック「かえでの風」を経営されているのが、宮木 大 先生です。
在宅医療にかける思い、経営を成功させるためのポイントなどを、熱く語っていただきました。
医療法人社団 楓の風
在宅療養支援クリニック かえでの風
理事長・院長 宮木 大 先生
医師・経営学修士(MBA)
目白大学経営学研究所 客員研究員
在宅療養支援クリニック かえでの風
救命医として自分をブラッシュアップするために市中病院の総合内科に勤務していた私が在宅医療の道へと舵を切ることになったのは、マネジメントを学ぼうと通っていたビジネススクールでのある出会いがきっかけでした。
そのビジネススクールにいたのは、「楓の風」の最高責任者。彼は私にこう言いました。「一緒に面白いことをやろう。そして、社会を変えていこうじゃないか」と。
医療は地域社会の重要なインフラです。その一方、人々にとって医療とは、例えば食事をしたり、映画を観たりといった日々の生活の一部に過ぎません。しかし現実にはそうではなくて、末期がんの方はほとんどが病院に入ったらもう出てこられない。本来ならば人生の最後の日々は自宅で家族と大切な時間を共有した方が幸せなはずで、それが自分の人生を自律的に生きるということだと思うのですが、家族は容態への恐れや介護の不安があり、病院や医療関係者は「こんな状態で帰すなんてとんでもない」という思い込みがあるわけです。患者の死は医療の負け、という意識もあるでしょう。
そうした状況を変えるには、病院という組織の中で声を上げるよりは自ら在宅医療の現場で行動した方がいいと考えました。「病院で最期を迎えるのではなく、最後まで家で生きたいという人を支援する」をコンセプトとする「楓の風」は、そうした行動にふさわしい場だったのです。
現在もそうかもしれませんが、当時も医療従事者の認知は「在宅をやるのは、結局カネのためでしょ?」というものが主流でした。しかし「楓の風」の最高責任者は「ビジネスじゃない、社会を変えるためにやるんだ」と言い、私もそれに共鳴したのです。お金は医師にとって真のモチベーションにはなりません。医師として承認されること、つまり必要とされているという実感そこがモチベーションになると思います。私が在宅の世界に飛び込むことで社会を少しでも変えられるなら、こんなにやりがいのある仕事はないでしょう。
「社会を変える」という大きな志でスタートしましたが、しかし、実際には不安でいっぱいでした。病院に勤務していれば患者様は病院が集めてくれます。しかし、自分で始めたからには誰にも頼らず、自分で集患しなくてはなりません。
銀行に提出した事業計画書に従って非常勤の医師や看護師を雇いましたが、患者様が来なくてせっかく来てくれた先生が一日中暇そうにしている。当然、それでも人件費はどんどん出ていくわけですから、開業して数ヵ月間は、毎晩風呂の中で天井を見上げながら「どうなるんだろう」と行く先を案じたものでした。
もちろん座して待っていたのではありません。行動を起こしました。
まずは"営業"です。居宅介護施設の地図を片手に介護施設のソーシャルワーカー、現場で頑張っているケアマネージャーのところに訪問し、声をかけて回りました。多い日で1日10件は訪問したと思います。それも、私にとってほとんど地縁のないエリアでしたので、いわゆる"飛び込み"が中心でした。たいていの施設は医師が顔を出すと、話だけは聞いてくれます。事務員さんだと門前払いされることが多いようなので、やはり医師が自分の足で動くことが大切ですね。
営業中は、とにかく話を聞くことに徹しました。ソーシャルワーカーもケアマネージャーも、仕事では大変に辛い思いをされています。だから何に困っているか、何かお手伝いできないか、というスタンスでお話を伺ったのです。
私には「ビジネスではなくて社会を変えるために」という思いがありましたから、「患者様を奪い合うのではなくて、家でその人らしく最期を迎えられる人を増やしましょう、そして社会を変えていきましょう」とも訴えました。理念がぶれないというのは、大切なことだと思います。
無料の勉強会を企画しては様々な事業所や民生委員の方などにファクスしました。テーマは看取りに関することだけでなく、例えば熱中症対策についてなど、何でもいいんです。そして2、3人集まれば喜んで出かけていって、お話をさせていただきました。
そんなふうに自分の足で動くようにしたところ、開業して5ヵ月ほどで損益は黒字化することができました。「楓の風」という看板こそありましたが、訪問看護そのものがまだ社会的に認知されていない中での出発でした。ゼロからのスタートは厳しかったですが、こうしてなんとか事業を軌道に乗せることができました。
痛感したのは、地域のケアマネージャーさんたちのネットワークのすごさです。どんな話も口コミであっという間に広がっていくんです。これは正直、怖い。これから開業される方は、特にケアマネージャーさんとのつながりは大切にした方がいいと思います。
重要なのは、医師が自ら動くこと。そして、患者への診療と同じように、ソーシャルマネージャーやケアマネージャーさんが抱える課題解決に自身が提供できることを伝えること、時には医師や医院紹介などで解決してあげること。これが最大のポイントだと思います。