
医師にとって「開業する意味」やりがい、収入は?
一般的に医師のキャリアは、医師免許を取得してから約15年経過した40歳前後で転換期を迎えるとされています。専門医を取得し、家庭の状況や価値観も多様化するこの時期、大学医局でのキャリアを積むという選択はもちろん、市中病院への転職や開業など、選択肢もさまざま。今回は特に「開業」にスポットを当てながら、医師のキャリアにおける「開業」が現在持つ意味について触れていきます。
大学医局との関わりが変化…多様化を続ける医師のキャリア
元来「医師のキャリア」といえば、出身大学の医局に入局後、関連病院を行き来し、大学医局に残って関連病院に勤務するか、または開業する――といったように、そのほとんどがパターン化されていたといっても過言ではありません。教授職に昇進したり、関連病院の要職として活躍するケースももちろんありますが、医局在籍中は教授や医局全体の方針にも影響を受け、自ら勤務先を自由に選びづらい側面も指摘されていました。
この状況を大きく変えたのが、2004年に導入された臨床研修制度の必修化です。現在でも大学医局の力は依然として大きいものがありますが、特に2004年以降は医局に属さない医師も珍しくなくなっており、m3.comの調査によると、2023年4月時点で医局に所属している医師は全体の61.7%。医局に所属せず、直接病院での勤務医としてキャリアをスタートする若手医師も一般的になってきています。これにより、初期研修、後期研修、その後の勤務病院の選択まで基本的には自己の選択が求められることが多くなり、医局の意向ではなく、自己の意思で選択する機会が増えました。また、研修制度の変革により、必須科目以外にも選択科目の研修を受けることができ、キャリアの分岐点が至るところに設定され、選択の機会が増えたと言えます。
高齢化で変化する「クリニックの役割」
これまで日本は伝統的に診療所も大学病院も、結核などをはじめとする急性期疾患に対応できるよう、運営が続けられてきました。しかし、昨今の目覚ましい医療技術の進歩によりこの状況が変化。大学病院や基幹病院での治療と、開業医での治療とに大きな差が生じてきています。さらに、高齢化によって診療所における患者層も大きく変わってきています。2010年以降、65歳以上の高齢者人口は増加の一途を辿り、2024年には全人口の29.3%に到達(総務省『統計からみた我が国の高齢者』)。介護保険を利用する患者も増加しており、診療所の多くが高齢者医療や介護との連携強化の必要性に迫られています。
2000年に介護保険制度が施行されてから20年以上が経過した現在、新規開業医にとってこの介護保険との関係は大きなものになっています。認知症や脳血管障害、関節疾患、骨折転倒、視覚・聴覚障害に至るまで、介護が必要となる原因は幅広いため、どの診療科においても考慮する必要があり、2022年のデータによると、介護保険関連のサービスを提供する診療所は全体の15%。今後さらに増加することが予想されています。
また、高齢化は患者層だけではなく、開業医自身にも訪れていると言われます。帝国データバンクの2024年の調査によれば、診療所の経営者(院長)の年齢のボリュームゾーンは70~79歳で、特に77歳前後が最も多いとされています。2010年の開業医の平均年齢は54歳だったのに対し、2020年には57歳に上昇しており、これは医療業界全体の高齢化を反映しているとも言えそうです。さらに、多くの開業医が自分の代で閉院を考えていることもあり、特に継承者がいないことが問題となっています。日本医師会の「医業承継実態調査」(2020年)では、「親族への承継」が62.0%と最も多かったものの、「閉院」を選ぶケースも43.9%に上りました。
開業医のやりがいと現実
このように、時代とともに大きな変化が訪れているクリニック開業ですが、現役の開業医の方々からは、「開業してよかった」という声も数多く見られます。意識調査によると、開業医がやりがいを感じる瞬間として最も多かったのは、「患者さんに感謝されたとき」で7割以上。また、「医院の売り上げが伸びているとき」や「やりたかった診療ができているとき」といった項目も約4割の開業医が選んでおり、経営面や自己実現の側面からも開業の魅力がうかがえます(苦労だけじゃない!開業医の「やりがいと喜び」)。クリニックの運営スタイルも自身で選べることから、自身のライフスタイルに合った働き方を追求した結果として「開業」という選択肢に至ったという方も多くいらっしゃるようです。

開業すると収入は増える?実際は…
開業することによる収入の変化も、気になるところです。m3.comDoctorsLIFESTYLEが実施した調査によると、勤務医時代と比べ開業医になった後のほうが収入が増えたと回答した人の割合は40%。逆に増えた人の割合は21.1%という結果となっています。

診療科目別にみると、「収入が増えた」と答えた人の割合が最も多かったのは耳鼻咽喉科(91.0%)。今回調査した診療科のなかでは唯一、9割を超える医師が「増えた」と回答しています。2位には形成外科(81.3%)、3位4位には僅差で循環器内科(76.9%)、皮膚科(76.6%)がランクインしました。耳鼻咽喉科は、精神的ストレスや体力的な負荷も、開業によって軽減したと回答した医師の割合がもっとも高いことが分かっています。

この仕事量とストレスでこの収入なら御の字。医師ひとりの開業医では、一日に診療できる患者数に限界がある。1時間10人がせいぜい。それ以上は医師・患者ともに不満が残る診療になると考える。家族のことを考えると、もっと稼ぎたい気持ちはあるが、診療の質を維持するには、今の状態がバランス的に良い。(40代)
元々、収入は二の次と考えていて、開業当初も周りからも何とかやれるから大丈夫と言われて、その気になっていた(根拠のない励ましだった?)。妻(医師)と二人で開業しているので、最近何とか借金を返済終了出来たし、これ以上収入を増やしても税金が増えるだけなので、今の収入で十分。(60代)
十分妥当な収入だと思う。これ以上仕事を増やして収入を増やしても、、暮らしが豊かになる実感はないと思う。(50代)
将来を見据えた「戦略的開業」の意義
超高齢化社会と言われる中、自分の意思で定年を決められる開業は、長いキャリアプランを見据えられる選択肢とも言えますが、「開業すれば儲かる」という時代ではなくなってきた今、「何のために独立するのか」、「どのような診療をしたいのか」を明確にした上で、競合に負けない医院経営の戦略を確実に立てていくことが重要です。診療所の数は全国で約10万5,000軒あり、コンビニの2倍近くにもなるため、過当競争の問題も浮き彫りとなっています(医療施設調査 2024年)。このような競争環境下で持続可能な経営を行うためには、地域ニーズに応じた柔軟なサービスの提供と、地域医療ネットワークとの連携が欠かせません。
インターネットでの評判に悩む声や、開業資金の回収の難しさ、さらには勤務医時代と異なる経営の責任がのしかかることもあります。特に「経営に対する考え方が変わった」という意見も多く寄せられており、経営を通じて医療以外の視点を養うことが求められます。
- m3.com『医局に「所属している」61.7%-医師のキャリア調査』(2023年4月)
- 総務省『統計からみた我が国の高齢者』(2024年9月)
- m3.com『4年後には大倒産時代?「自分の代で閉院」のクリニック多数』(2024年4月)
- 厚生労働省『医療施設調査』(2024年1月)
- m3.com『苦労だけじゃない!開業医の「やりがいと喜び」』(2020年5月)
- m3.com『9割の医師が収入増!?開業で収入増えた診療科1位は…』(2021年12月)
基本的に医療は営利目的ではなく、患者への貢献、社会への貢献だと考えていたが、開業して益々そう思う様になったし、少なくとも可能な範囲で患者への貢献と社会への貢献の両方ができているため、開業してよかったと感じる。(精神科系、40代)
開業してよかったと思えたのは自分の時間があること。ただ、自分の時間を大事にしすぎると患者を満足に診る事ができなくなることがわかった。時間のゆとり第一にしたため、お金のゆとりがなくなってしまった。(内科そのほか、60代)
勤務医で終わるより経営というものを経験して有意義であった。苦労したけれど。勤務医の時は病院の先生と言って自信の名前で呼ばれる事は少ない。一人開業だから誰が対応してくれたかが、ちゃんと理解してもらえる。(眼科、60代)