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院長は要注意。クリニックでも起こる労務管理トラブル

クリニックの開業後、労務管理の問題によってトラブルに発展するケースが見受けられます。特に、給与や労働時間の管理、有給休暇の付与など、労働基準法に関連する違反が目立ちます。これらの問題は、クリニックの評判低下やスタッフの離職につながるだけでなく、行政処分のリスクも伴うため注意が必要です。開業医が陥りやすい労務管理の問題点とその対策について解説していきます。

院長は要注意。クリニックでも起こる労務管理トラブル

違法で減給してしまう

労務管理において、遅刻や欠勤に対する厳格なルール設定は必要ですが、過度な減給は労働基準法違反となるリスクがあります。労働基準法では、減給の制裁を定める場合、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えることを禁止しています。そのため、「15分以上の遅刻6回で1日分の欠勤扱い」といった独自ルールは違法となる可能性が高いです。

遅刻への対応としては、まず口頭での注意や指導から始め、改善が見られない場合は書面による警告を行うなど、段階的な措置を講じることが望ましいでしょう。また、遅刻した時間分の賃金を控除する場合も、就業規則に明確な規定を設け、労使の合意を得ることが重要です。

引用:モデル就業規則|厚生労働省

違法な形で解雇してしまう

スタッフの解雇は、慎重に判断し、適切な手続きを踏む必要があります。解雇が有効となるためには、客観的で合理的な理由があり、社会通念上相当であることが求められます。例えば、勤務態度や成績が悪いことを理由に解雇する場合、まず改善を促す指導を行い、その経過を記録として残すことが重要です。

具体的には、口頭での注意や指導を行い、改善が見られない場合は書面による警告を発行し、それでも改善が見られない場合に最終警告を出すといった段階的なプロセスを踏むべきです。また、解雇を行う場合は30日前に予告するか、予告に代わる解雇予告手当を支払う必要があります。突然の解雇は、解雇権の濫用と見なされ、無効となる可能性が高くなります。

年次有給休暇を適切に与えていない

年次有給休暇は、労働者の心身の疲労回復とゆとりある生活を保障するための重要な制度です。この休暇の最大の特徴は、取得しても賃金が減額されない点にあります。常勤スタッフだけでなく、パートタイムスタッフや非常勤医師にも付与が必要です。

付与の要件は明確で、雇い入れの日から6か月経過し、その期間の全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、まず10労働日が付与されます。その後、最初の年次有給休暇が付与された日から1年を経過した時点で、直前1年間の出勤率が8割以上であれば11労働日が付与され、以降は勤続年数に応じて段階的に付与日数が増加していきます。

労働基準法では、労働者が請求する時季に年次有給休暇を与えることを原則としています。事業の正常な運営を妨げる場合のみ、使用者は時季の変更を求めることができますが、その場合でも別の時季に必ず付与しなければなりません。付与自体を拒否することは違法となります。

パートタイム労働者の場合も年次有給休暇の権利があります。ただし、所定労働日数に応じて比例的に付与日数が決定されます。このように、雇用形態にかかわらず、全ての労働者の休暇権を保障することが、医療機関としての責務となります。

なお、2019年4月からは、年10日以上の有給休暇が付与される労働者については、年5日の確実な取得が使用者に義務付けられました。

引用:年5日の年次有給休暇の確実な取得|厚生労働省
引用:年次有給休暇とはどのような制度ですか。パートタイム労働者でも有給があると聞きましたが、本当ですか。|厚生労働省

就業規則が作成されていない

労働基準法では、常時10人以上の労働者を使用する事業場に対して、就業規則の作成と労働基準監督署への届出を義務付けています。就業規則には、労働時間、休憩時間、休日、休暇、賃金の決定・支払方法、退職に関する事項など、労働条件の詳細を明記する必要があります。

明確な就業規則がないと、労働時間の管理が曖昧になり、出退勤時間の虚偽報告などの問題が発生する可能性が高まります。また、労使間でトラブルが発生した際の判断基準も不明確となり、適切な対応が困難になります。就業規則は、開業時に作成し、すべての従業員に周知することが重要です。

引用:就業規則作成の9つのポイント|厚生労働省

タイムカード通りの労働時間で管理していない

タイムカードに記録された実際の労働時間と、賃金計算上の労働時間が異なることは、労働基準法違反となります。例えば、始業時刻の30分前から業務を開始しているにもかかわらず、定時からの勤務として扱うことは違法です。労働時間は1分単位で管理し、実労働時間に応じた賃金を支払う必要があります。

また、始業前の準備作業や終業後の片付けなども、業務上必要な作業であれば労働時間として扱わなければなりません。適切な労働時間管理のため、勤怠情報をデータとして管理できる勤怠管理システムの導入を検討することも有効でしょう。

引用:労務管理の基本的ルール|厚生労働省

ハラスメントによる人権侵害が起きてしまっている

医療現場特有の階層構造や緊張感の高い環境は、ハラスメントが発生しやすい要因となります。特に問題となるのは、暴言や威圧的な態度によるパワーハラスメント、性的な言動によるセクシャルハラスメントです。例えば、ミスをしたスタッフに対して人格を否定するような発言をしたり、必要以上に厳しい叱責を行ったりすることは、パワーハラスメントとなります。

ハラスメントの防止策としては、ハラスメントの定義や禁止行為を就業規則に明記し、定期的な研修を実施することが効果的です。また、相談窓口を設置し、問題が発生した際に迅速に対応できる体制を整えることも重要です。

診療時間外に労働させ、残業代を支払っていない

診療時間外の患者対応や診療準備、片付けなどの業務は、すべて労働時間として扱う必要があります。例えば、最後の患者が診療時間終了直前に来院し、結果として診療時間を30分超過した場合、その超過時間分の残業代を支払わなければなりません。また、始業前の診療準備や終業後の片付け、カルテ入力なども労働時間に含まれます。

残業代未払いは、労働基準法違反となるだけでなく、スタッフのモチベーション低下や離職にもつながりかねません。適切な労務管理のためには、タイムカードや勤怠管理システムなどで正確な労働時間を記録し、残業時間に応じた割増賃金を支払うことが重要です。

業務後に研修会・勉強会に強制参加させたが、残業代を支払っていない

医療の質を向上させるための研修会や勉強会は重要ですが、その実施方法には注意が必要です。昼休みや業務時間外に強制参加を求める場合、それは労働時間として扱わなければなりません。

研修会や勉強会を実施する場合は、業務時間内に設定するか、時間外での参加を任意とすることが望ましいでしょう。やむを得ず時間外に実施する場合は、残業代を支払う必要があります。また、参加者の負担を考慮し、効率的な実施計画を立てることも大切です。自主的な学習意欲を促すためにも、強制ではなく、参加しやすい環境づくりを心がけましょう。

引用:労働時間の考え方:「研修・教育訓練」等の取扱い|厚生労働省

クリニックにおける労務管理にトラブルが生じる原因

医療の質を確保し、患者に最適なサービスを提供するためには、スタッフが能力を十分に発揮できる環境づくりが不可欠です。しかし、前述の通りクリニックでは、給与、就業時間、残業、有給休暇など、様々な労務問題が発生しています。労働基準監督署への通報や訴訟リスクも高まっているなか、トラブルが起きる主な原因を詳しく見ていきましょう。

管理者の知識が不足しているから

医療機関の管理者は医療の専門家である一方、労務管理や労働法に関する知識が十分でないことが少なくありません。医療法や健康保険法は遵守していても、基本的な労働法規への理解が不足しているケースが見られます。例えば、残業代の不払いや、休憩時間の確保不足など、労働基準法の基本的な部分での違反が見受けられます。大規模病院と異なり、クリニックでは労務の専門家を配置することが難しく、院長自身が労務管理の基礎知識を習得するか、外部の専門家に相談できる体制を整える必要があります。

労働時間や労働日数などの勤怠を適切に管理できていないから

医療現場特有の勤務体系により、労働時間の管理が複雑化しています。特に二交代制を採用している場合、休憩時間を含む拘束時間と実労働時間の区別が曖昧になりがちです。また、診療時間が延長された場合の残業管理や、勉強会・研修会の時間の取り扱いなど、労働時間の定義に関する誤解も多く見られます。院長自身が労務管理の基礎知識を身に付けたり、勤怠管理システムを導入したりするなどして正確な勤怠管理を行える体制を構築する必要があります。

従業員の処遇を正確に管理できていないから

クリニックには医師、看護師、医療事務、技師など、様々な専門職が混在しています。職種によって必要なスキルや責任の範囲が異なるため、統一的な処遇制度の確立が難航しやすいです。各職種の特性に応じた適切な評価基準や昇給システムの構築が必要ですが、多くのクリニックではキャリアパスが明確に示されておらず、スタッフのモチベーション低下につながっています。適切な人事評価制度を整備し、処遇の公平性を確保することが、働きやすい職場環境づくりの基本となります。

労務トラブル防止のために院長が最低限行うべきこと

労務トラブルの多くは、基本的なルールが明確でないことから発生します。特に重要なのは就業規則の整備です。スタッフが10人未満のクリニックでは作成が義務付けられていませんが、職場のモラル維持やトラブル防止の観点から、就業規則を作成することを強く推奨します。

就業規則には、勤務時間、休憩時間、休日、休暇、賃金など、基本的な労働条件を明確に定める必要があります。これにより、スタッフの権利と義務が明確になり、公平な職場環境が実現できます。

また、各スタッフとの間で以下の書類を必ず取り交わしましょう。

  • 雇用契約書:労働条件を明確に記載し、双方の合意を文書化
  • 身元保証書:スタッフの身元に関する保証を確保
  • 秘密保持の誓約書:患者情報など、医療機関特有の機密情報を保護

これらの書類は、正社員だけでなく、パートタイム労働者や非常勤職員との間でも必ず締結する必要があります。特に有給休暇の取得条件や退職金制度の有無については、雇用形態ごとに明確な基準を設けましょう。