
クリニック開業、事業計画の作り方
クリニック開業における最初の難関ともいえるのが「事業計画の策定」です。金融機関から融資を受けるなど、外部に向けて開業後の見通しを立てるうえでは避けて通れないこの工程をどう乗り越えるか。解説します。
クリニック開業における事業計画の役割とは
起業・開業をしない方にとってはあまり日常的でない「事業計画」。医院開業においては次のような局面で活用されることを意識して作りこんでみることが必要となります。
金融機関で融資を受ける時の説明材料として
事業計画は、金融機関から融資を受ける際の必須書類で、開業資金の調達において、あなたのクリニックの将来性や返済能力を示す重要な指標となります。具体的な数字やマーケティング戦略、差別化ポイントなどを事業計画書に明確に示すことで、融資担当者の理解を得やすくなります。例えば、「5年後に年間患者数3万人、売上高2億円を目指す」といった具体的な目標設定や、それを達成するための戦略を盛り込むことが重要です。
厚生局への保険医療機関申請資料として
保険診療を行う場合は保険医療機関指定申請書を各都道府県の厚生局に提出する必要があります。この際、医療法人としての申請には、事業計画書が必要になる場合があります。医療法人としての申請を計画されている先生は各地の厚生局にご確認ください。
保健所の診療所開設届出時の資料として
診療所(クリニック)を開設するためには、診療所所在地を管轄する保健所に届け出を行い、立ち入り検査後に認可を得る流れとなります。開設の届出に必要な書類は、各保健所で異なりますので確認が必要ですが、事業計画書が必要になるケースがあります。
経営の安定化につながる「経営戦略」として
事業計画は、開業後の経営を安定させるための羅針盤にもなります。月ごとの患者数や売上の目標を立て、開業後の実績と比較することで、経営状況を客観的に評価できます。例えば、「開業3ヶ月後に1日平均患者数30人」といった具体的な指標を設定した場合、それに届かない場合は早期に対策を講じられるようになります。また、スタッフの採用計画や設備投資の時期なども事前に検討しておくことで、計画的な経営が可能になります。
事業計画の作成過程では売上だけでなくコストの算出も必要となり、その過程で潜在的なリスクを洗い出し、対策を講じられる点も大きな利点です。例えば、「競合クリニックの出現」「医療事故」「スタッフの突然の退職」など、想定されるリスクとその対応策を事前に考えておくことで、いざというときに迅速な対応が可能です。
具体的には、「医療事故に備えて保険に加入しておく」「スタッフの突然の退職に備えて、人材派遣会社と契約を結んでおく」といった対策を盛り込みます。これにより、開業後に直面するかもしれない問題に対して、冷静かつ迅速に対応できるようになります。
事業計画作成時に記載すべきこと・考えるべきこと
資金計画は事業計画の要です。資金計画は、主に収入、支出の2つの軸で考えるとよいでしょう。
収入計画においては、「院長給与は月70万円(税引前)」「開業1年目は1日平均患者数20人、診療単価5000円」「2年目は患者数30人、診療単価6000円」といった具体的な数字を示しましょう。ただし、楽観的すぎる見込みは避けるべきです。地域の人口動態や競合状況も考慮し、現実的な数字を設定しましょう。また、「健康診断の受診者を年間500人獲得」「栄養指導の利用者を月50人に」といった、独自のサービスによる収入増加策も盛り込むのもよいでしょう。
支出計画も同様に、「人件費は売上の40%(医師給与含む)」「家賃は月50万円」といった具体的な数字を示します。特に人件費は大きな支出項目となるため、「開業時はパート2名で開始し、1年後に正社員1名追加」といった段階的な採用計画を立てるのも一案です。また、「広告費は月10万円」「研修費は年間50万円」など、将来への投資も忘れずに盛り込みましょう。税金に関しても考慮が必要で、「所得税と住民税で年間300万円」「消費税は年間200万円」など、専門家のアドバイスを受けながら具体的に見積もりましょう。これらの個人的な支出も含めて初めて、総合的な資金計画が完成します。
初期費用の見積もりも、開業の実現可能性を左右する重要な要素です。例えば、「内装工事:2500万円(うち500万円は将来の拡張に備えた設備投資)」「医療機器:2000万円(うち500万円は最新の超音波診断装置)」「電子カルテシステム:300万円」「開業前人件費:300万円(スタッフ研修費用含む)」「広告宣伝費:200万円(ウェブサイト制作、開業案内の配布など)」と、項目ごとに具体的な金額と内訳を示します。さらに、「予備費として500万円を確保」など、不測の事態への備えも忘れないようにしましょう。
収支シミュレーション
以下に収支シミュレーションの例を提示します
項目 | 1年目 | 3年目 |
1日平均患者数 | 25人 | 35人 |
年間売上 | 9,000万円 | 1億5,000万円 |
診療報酬 | 8,000万円 | 1億3,000万円 |
健診・予防医療収入 | 1,000万円 | 2,000万円 |
人件費 | 3,600万円(40%) | 5,250万円(35%) |
医療材料費 | 1,350万円(15%) | 2,250万円(15%) |
家賃 | 720万円(8%) | 720万円(4.8%) |
利益 | 500万円 | 2000万円 |
事業計画書の作成手順
自院の指針としての事業計画書を作成する際の手順を紹介します。なお、融資を目的に事業計画書を作成する場合は、収支計画など数値が主な記入項目となりますが、詳細は次の章で後述します。
経営理念の策定
経営理念は、クリニックの方向性を決定づける重要な要素です。例えば、「予防と治療の両輪で地域の健康を守る」というコンセプトのもと、「年間健康診断受診者1000人」「生活習慣病の新規発症率を地域平均より20%低減」といった具体的な目標を設定します。また、「患者さんとの対話を大切にし、一人あたりの診療時間を最低15分確保する」など、診療方針も明確に示しましょう。これらの理念や方針が、スタッフの行動指針となり、患者さんへの訴求点にもなります。
マーケット分析と競合調査
マーケット分析と競合調査は、クリニックの差別化戦略を決定づける重要な要素です。市場調査に基づき根拠を持たせることがポイントで、例えば「半径3km圏内の人口5万人、うち65歳以上が30%」「同エリア内の内科クリニック数は5件、うち2件が高齢化により10年以内の閉院が予想される」といったデータに基づき計画を立てましょう。
競合分析では、「Aクリニックは待ち時間が長いが評判が良い」「Bクリニックは最新設備が充実しているが、患者との対話が少ない」など、各クリニックの特徴を詳細に分析します。これらを踏まえ、「待ち時間30分以内、診察時間は1人15分以上確保」「最新の超音波診断装置を導入し、その場で結果説明」など、自院の差別化ポイントを明確にします。さらに、「地域の介護施設と連携し、在宅医療の需要に対応」「企業健診の受け入れを強化し、働き盛り世代の患者獲得を目指す」といった、独自の市場開拓策も盛り込みましょう。
初期投資の見積もり
初期投資の見積もりは、開業資金の算出に直結する重要なステップです。例えば、内科クリニックの場合、「内装工事:2000万円」「医療機器:1500万円」「什器備品:500万円」「開業前人件費:200万円」「広告宣伝費:100万円」などの項目ごとに具体的な金額を算出します。ただし、全てを新規購入する必要はありません。例えば、「超音波診断装置は中古品を400万円で購入」「レントゲン装置は5年リースで月10万円」など、初期投資を抑える工夫も盛り込みましょう。
収支計画の作成
収支計画は、クリニックの将来性を数字で示す重要な指標です。ここでは、勤務医時代の実績や連携先からの紹介患者数見込みが大きな参考になります。例えば、「勤務医時代の1日平均患者数40人のうち、20%の8人が新クリニックに来院すると想定」「連携している訪問看護ステーションからの紹介で月10人の新規患者獲得を見込む」といった具体的な数字を示します。これらを基に、「開業1年目:1日平均患者数20人、年間売上1億円」「3年目:1日平均患者数40人、年間売上2億円」といった目標を設定します。
資金繰り表の策定
資金繰り表は、日々の資金の流れを管理するために必要です。例えば、「開業後3ヶ月間は月200万円の赤字を想定し、運転資金として600万円を確保」「診療報酬の入金は2ヶ月遅れのため、その間の資金として1000万円を準備」といった具体的な計画を立てます。
また、「設備投資のための積立として月30万円を確保」「急な出費に備えて、常時500万円の手元流動性を維持」など、将来を見据えた資金管理計画も重要です。さらに、「売上が計画を20%下回った場合の対策として、人件費の10%カットと広告費の50%削減を実施」など、リスク対策も盛り込みましょう。
開業スケジュールの策定
開業を円滑かつ齟齬なく進めるには、例えば以下のような具体的な開業スケジュールを立てることも大切です。
- 開業1年前:物件決定、設計開始
- 9ヶ月前:融資申請、人材募集開始
- 6ヶ月前:内装工事開始、医療機器発注
- 3ヶ月前:開業告知開始、スタッフ研修
- 1ヶ月前:内覧会開催
開業スケジュールを決めておくことで、計画的な準備と開業後の迅速な軌道修正が可能になります。なお、開業スケジュールはクリニックごとに大きく異なります。
事業計画書のサンプル
以下は自院の方向性を明確にする場合の事業計画書のイメージです。融資などのために事業計画書を作成する場合、フォーマットや記入内容は提出先の機関によって異なります。
項目 | 記入実例 |
クリニックの概要 |
クリニック名:〇〇内科クリニック 所在地:東京都渋谷区〇〇1-2-3 診療科目:内科、消化器内科、予防接種 |
立地の特性 |
周辺環境:商業エリアに位置し、周辺にはオフィスビルや住宅街がある 交通アクセス:最寄り駅から徒歩5分、バス停から徒歩2分 |
地域医療ニーズ |
周辺人口:3km圏内に約5万人 高齢者割合:15%(特に消化器系疾患が多い) 特定医療ニーズ:成人病予防と高齢者の慢性疾患管理が重要 |
競合状況分析 |
競合クリニック数:周辺に内科クリニックが5件 競合特徴:最新設備の導入が少なく、待ち時間が長い 自院の優位性:最新の超音波装置導入、待ち時間30分以内を保証 |
財務計画 |
初期投資額:5,000万円(内訳:内装費1,500万円、医療機器購入費2,000万円、広告費500万円など) 運転資金:月間500万円(人件費300万円、家賃100万円、光熱費50万円など) |
返済計画 |
融資額:3,000万円 返済期間:10年間 返済方法:元利均等返済 月々返済額:30万円 |
患者数予測 |
1日平均患者数:開業当初20人、3年後30人を目標 診療単価:5,000円(初診料:3,000円、再診料:2,000円) |
売上予測 |
1年目売上高:5,000万円(診療収入4,000万円、予防接種収入1,000万円) 3年目売上高:8,000万円 |
収支計画 |
収入項目:診療収入、予防接種収入、健康診断収入 支出項目:人件費、医療材料費、広告費、家賃、光熱費 利益予測:1年目利益500万円、3年目利益1,500万円 |
数字の根拠 |
周辺地域の人口動態データ(2024年東京都調査) 類似クリニックの平均来院患者数データ(医療業界報告書2023年版) |
よくある失敗とその回避方法
クリニック開業時によくある失敗を事前に認識し、対策を講じることで、開業後の安定経営につながります。例えば、「華美な内装や最新機器にこだわり過ぎて資金繰りが厳しくなる」「想定より患者数が伸びず、赤字が続く」といった失敗例は少なくありません。ここでは、典型的な失敗パターンとその具体的な回避策を見ていきましょう。
過大投資
過大投資は、開業時によく見られる落とし穴です。例えば、「必要以上に広い待合室」「使用頻度の低い高額医療機器」「過剰な内装費用」などが典型例です。過大投資に対策を講じておかないと、「1.5億円の開業資金のうち8000万円を内装に費やし、開業後の運転資金が枯渇してしまった」といった問題が発生しやすくなります。
▼対策
-
リースや中古品を活用する
例:「レントゲン装置は5年リースで月10万円、超音波診断装置は中古品で400万円」 -
必要最小限の設備から始める
例:「開業時は基本的な診療設備のみとし、患者数増加に応じて検査機器を追加導入」 -
投資の優先順位付けをする
例:「患者の利便性に直結する電子カルテシステムには300万円投資、待合室の高級ソファは後回し」
単価のブレ
診療単価の見積もりが甘いと、収支計画が大きく狂う原因となります。例えば、「大学病院での実績をそのまま当てはめて、1人あたり診療単価8000円と見積もったものの、実際には5000円程度だった」という失敗をしやすくなります。
▼対策
-
地域の相場を徹底リサーチ
例:「近隣5クリニックの平均単価は5500円、当院は6000円で計画」 -
段階的な単価アップを計画
例:「開業時は5000円、1年後に5500円、3年後に6000円を目指す」 -
単価アップの具体策を立てる
例:「生活習慣病の重症化予防プログラムを導入し、再診率を85%に向上」
患者数のブレ
患者数の見込み違いは、資金繰りを圧迫する大きな要因です。「勤務医時代の患者の半数は来院する」と楽観的に考え、実際は4分の1程度だったというケースも少なくありません。
▼対策
-
控えめな初期見込み
例:「開業後3ヶ月は1日平均15人、6ヶ月後に20人、1年後に25人を目標に」 -
段階的な広告戦略
例:「開業時はチラシ配布とウェブサイト開設、3ヶ月後に看板設置、半年後に地域情報誌に広告掲載」 -
患者獲得の多角化
例:「一般外来に加え、企業健診の受け入れ、介護施設との連携、オンライン診療の導入」
専門家の支援を受けることも大切
クリニック開業は医療の知識だけでなく、経営のノウハウも必要となります。専門家の支援を受けることで、多くの落とし穴を回避し、スムーズな開業を実現できます。
専門家のサポートを受けることで、多くのメリットが得られます。まず、時間と労力の大幅な節約が可能です。例えば、立地選定や資金計画など、専門知識が必要な分野を効率的に進められます。また、客観的な視点からのアドバイスにより、自身の思い込みや盲点を発見できる点も大きなメリットです。
コンサルタントの選び方
適切なコンサルタントの選択は、開業成功の鍵となります。まずは、医療特化型のコンサルタントを探すことが重要です。一般的な経営コンサルタントでは、医療界特有の規制や慣習を理解していない可能性があります。例えば、過去に10件以上のクリニック開業支援の実績があり、医療業界での経験が豊富なコンサルタントを選ぶと良いでしょう。また、単なる机上の空論ではなく、具体的な成功事例や失敗事例を持っているかどうかも重要なポイントです。さらに、あなたの医療理念や地域特性を理解し、それに合わせたアドバイスができるかどうかも確認しましょう。コンサルタントとの初回面談では、「過去の支援事例」「具体的な支援内容」「費用対効果」などについて詳しく質問し、相性を見極めることが大切です。
税理士や金融機関に頼るべきか
税理士や金融機関は、クリニック経営の財務面を支える重要なパートナーです。税理士選びでは、医療機関の税務に精通していることが絶対条件です。例えば、医療法人設立のタイミングや節税対策など、医療特有の税務戦略を提案できる税理士を選びましょう。
一方、金融機関の活用では、融資だけでなく経営アドバイスも期待できます。地域の医療事情に詳しい地方銀行や信用金庫は、患者動向や競合情報など、貴重な地域情報を提供してくれることがあります。また、医療機関専門の融資商品を持つ銀行もあり、有利な条件で資金調達できる可能性があります。税理士や金融機関とは早い段階から関係を構築し、開業準備の各段階で適切なアドバイスを受けられる体制を整えることが重要です。