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クリニック開業の目的・理念~実例をもとに解説

従来とは医療を取り巻く環境も大きく変わる今、漠然と「独立してクリニックを開業したい」という思いだけでは、長期的な成功は難しくなりつつあります。クリニック開業の裏にあるご自身の目的意識や理念を自覚し、診療方針や経営戦略に落とし込んでいくことで、診療内容や経営施策に一貫性を保ちやすくなりなるほか、スタッフとのビジョン共有も容易になり、組織に統一感を醸成する効果も期待できます。今回は、クリニック開業の・目的や理念を整理するにあたってのポイントを解説します。

開業の目的例

開業の目的は、医師によって様々です。m3.comDoctorsLIFESTYEが2021年に行った調査によると、「勤務医の将来に限界を感じた」が29.6%。次いで、「地域医療への貢献」(26.0%)、「私生活との両立」(23.4%)などと続きます。

開業の目的の割合グラフ

なお、開業1〜5年目の若年層では「私生活との両立(31.5%)」が最多に。反対に、ベテラン世代の31~35年目は「地域医療への貢献(42.5%)」の割合が高いのが特徴。「金銭的な問題(2.5%)」は開業医全体の1/7以下、「労働条件が魅力(5.0%)」も約半数程度であり、「開業して収入を高めたい」というより、貢献・やりがい重視の傾向があることが分かりました。

開業1〜5年目の若年層の目的の割合グラフ

なお、診療科目別にみると開業医で最多であった「勤務医の将来に限界を感じた」が最多なのは「糖尿病内科(56.0%)」全診療科を通して唯一半数を超えています。ほか「皮膚科(45.3%)」「泌尿器科(44.4%)」も比較的高率で選ばれています。反対に勤務医の中でも激務のイメージが強い「外科(13.8%)」や「消化器外科(13.3%)」では非常に低い割合であることも興味深い結果とも言えます。

特徴的なのは、「産婦人科」における「親族からの要請」の高さ。開業医全体を大きく上回る35.3%に達しました。「労働条件が魅力(0.0%)」「経営を含めたやりがい(2.9%)」の割合が極端に低いのも目立ちます。

このほか「皮膚科」では「労働条件が魅力(20.3%)」が開業医全体の2倍超。「金銭的な問題(29.7%)」も開業医全体より10%以上高いという結果が出ています。

開業目的を考える際のポイント

クリニック開業の目的を的確に設定することは、長期的な成功の鍵となります。この章では、目的設定の重要なポイントを解説します。

(1)自身の価値観、強み、経験を反映する

開業目的は、あなた自身の価値観や強み、これまでの経験を反映したものにするのが好ましいとされています。自分の信念や得意分野に基づいた目的なら、日々の診療にも自然と反映され、患者さんにも伝わりやすくなりますし、ご自身の希望するライフスタイルに合致した形で開業ができれば、長期的にも安定した運用を望めるようになっていきます。

(2)地域社会のニーズや課題を考慮する

また、開業目的を考える際は、地域社会のニーズや課題も考慮することが大切です。地域特有の医療ニーズに応えることで、患者さんからの支持を得やすくなり、同時に地域全体の健康増進にも貢献できます。

例えば、高齢化が進む地域なら、在宅医療や認知症ケアに力を入れることが求められるかもしれません。若い世帯が多い地域なら、小児科や産婦人科のニーズが高いでしょう。また、生活習慣病の予防が課題となっている地域であれば、健康診断や栄養指導に注力するのも一案です。地域の医療機関の分布や特徴も考慮し、そこに不足している機能を補完するような目的を設定するのも効果的です。

開業目的だけでなく、開業理念を定めることも大切である

開業目的に加えて、クリニックの理念を定めることも長期的な成功に不可欠です。とはいえ、DoctorsLIFESTYLEの過去調査によると、対外的に発信しているビジョン(理念)を持っていると答えた開業医の割合は22.3%。必ずしも多数派とは言えないようです。

対外的に発信しているビジョン(理念)を持っていると答えた開業医の割合グラフ

開業医の先生方から上がった開業理念の一例

保健・医療・福祉との連携強化を図り地域の発展に努めます。これまでの経緯を踏まえ再スタートの意味を込めて。(内科その他、50代)

できるだけ少ない医療資源で患者さんに対して最大の効果を出すこと。(内科その他、50代)

患者優先主義(眼科、80代)

理念は、クリニックの存在意義や価値観を明確に示すものであり、単なる目標以上の意味を持ちます。日々の診療から経営判断まで、あらゆる面でクリニックの指針となるでしょう。

明確な理念があることで、開業目的と同様にスタッフ全員が同じ方向を向いて働くことができ、患者さんにもクリニックの姿勢が伝わりやすくなります。ここでは、その他のメリットについても解説します。

理念を明らかにすることで「投資判断」が効率化

クリニックの運営においては、新たな医療機器の導入や施設の拡張など、様々な投資判断が求められます。理念が明確であれば、各投資がクリニックの方向性に合致しているかどうかを判断しやすくなります。例えば、「最先端の医療を提供する」という理念があれば、高額でも最新の医療機器への投資が必要になるでしょう。

トラブル対応時の原点になる

医療現場では予期せぬトラブルが発生することも少なくありませんが、理念はトラブル発生時に対応の指針となります。「患者さん第一」という理念があれば、クレーム対応や医療事故の際にも、患者さんの立場に立った対応を心がけることができます。また、理念に立ち返ることで、冷静かつ適切な判断が可能になるでしょう。

従業員採用時の指針になる

上記2点は比較的「院長自身の判断軸に役立つ」というものですが、スタッフの採用は、クリニックの雰囲気や質を左右する重要な要素といえます。理念が明確であれば、その価値観に共感できる人材を見極めやすくなりますし、採用後のトレーニングや評価基準としても理念を活用できます。チームで仕事を進めるにあたって「立ち返れるビジョンがあること」の効用は大きく、理念に沿ったスタッフ育成により、クリニック全体の方向性が統一され、チームワークの向上にもつながります。

対外的な評価・アピールになる

明確な理念は、患者さんや地域社会に対するクリニックの姿勢を示します。例えば、「地域に根ざした予防医療」という理念があれば、地域の健康増進に貢献する医療機関としてアピールでき、新規患者の獲得や地域での信頼構築がしやすくなるでしょう。

開業目的だけでなく、開業理念を定めることも大切である

この章では、効果的な理念の作り方を順を追って解説します。

(1)クリニックの成長ステップを理解する

クリニック開業後の成長ステップを把握することは、理念作りの基礎となります。一般的に、立ち上げ期、安定期、拡大期という段階を経てクリニックは成長していきます。

立ち上げ期では地域への浸透が課題となり、安定期では診療の質の向上や患者満足度の改善に注力する必要があります。拡大期では新たなサービスの導入や分院開設などを検討する節目となることが多いでしょう。

各段階で直面する課題や目標を予め想定し、それらを包括する理念を作ることで、クリニックの各成長フェーズにも対応できる指針を作れます。

(2)院長自身の過去の経験と価値観を洗い出す

開業理念は、院長自身の経験と価値観に根ざしたものにするのが望ましいです。自身の経験と価値観に基づいた理念は、日々の診療に自然と反映され、患者さんにも説得力を持って伝わります。また、長期的にモチベーションを維持しやすく、ぶれない医療サービスの提供にもつながります。

これまでの勤務医時代の経験、印象に残った患者さんとの出会い、医療に対する思いなどを振り返ってみましょう。例えば、「待ち時間の長さに苦情が多かった」という経験から、「待ち時間ゼロを目指す」という理念が生まれるかもしれません。

(3)院長自身の方向性を明確にしたうえで、クリニックの方向性(理念)を定める

個人の価値観と経験を整理したら、次はクリニックとしての方向性を定めます。「地域に根ざした総合診療」「最先端の専門治療」「予防医学の推進」など、クリニックが目指す姿を明確にします。

理念を決める際には、地域のニーズや既存の医療機関との差別化も考慮しましょう。例えば、若い世代が多い都市部で開業する際には、既存の小児科が混雑している状況を踏まえ、次のような理念が考えられます。

例:「子育て世代に寄り添う」をモットーに、夜間・休日診療や予防接種の充実、育児相談サービスを特徴とするクリニックを展開する

(4)理念の伝え方と活用方法を考える

理念が定まったら、それをどう伝え、活用するかを考えます。まず、スタッフへの浸透が重要ですが、採用時や定期的な研修で理念を共有し、日々の業務にどう反映させるかを具体的に示すことがポイントです。患者さんへの周知も必要ですが、患者さんへは、院内掲示やホームページ、問診票などで理念を伝えるとよいでしょう。

理念を周知する際には、言葉だけでなく、理念に基づいた具体的な取り組みを実施し、その成果を発信することも大切です。例えば、「患者さん一人ひとりに寄り添う医療」という理念のもと、問診時間を十分に確保し、その結果として疾病の早期発見率が向上したというデータを公開するのが一つの手です。また、「最新技術で地域医療に貢献」という理念に基づき、最新のMRI機器を導入し、地域の検査待ち時間短縮に貢献した実績をホームページなどで報告するのもよいでしょう。

なお、DoctorsLIFESYTLEの過去調査によると、経営に関する考えや今後の展望、経営ビジョンについて職員へ意識的にメッセージを伝えることが「ある」と答えた開業医の割合は38%。

経営ビジョンについて職員へ意識的にメッセージを伝えることが「ある」と答えた開業医の割合グラフ

「伝え方」として最も多かったのは「人事評価などの時に個別に伝える」(31.1%)となったほか、日常的に朝礼の場を設ける」(28.8%)の割合も高い結果に。スタイルは様々ですが、

経営ビジョンの伝え方の割合グラフ

開業理念が「ビッグワードになりすぎないように」

クリニックではよく、「患者さんのために」「地域のために」といった普遍的なビジョンが掲げられることがありますが、あまりに抽象的で一般的すぎると、そのメッセージ性が薄れてしまう可能性があります。

大切なのは、院長自身が自分の言葉で理念を表現し、スタッフともやり取りを重ねながら、具体的で自分たちらしいビジョンを作り上げることです。自分たちの実情に合った理念は、患者さんや地域にも伝わりやすく、共感を得る力強いメッセージとなります。

開業理念を反映した事業計画の策定手順

開業理念を事業計画に反映させることは、クリニック経営の一貫性と実効性を確保する上で不可欠です。この章では、理念を具体的な行動計画に落とし込む手順を解説します。

(1)理念に基づいた中長期的な事業ビジョンを設定する

理念を具体化した中長期的なビジョンを設定することは、クリニックの持続的な成長に不可欠です。中長期的なビジョンは、日々の診療や経営判断の指針となり、スタッフ全員が同じ方向を向いて努力するための共通目標となります。また、変化の激しい医療環境においても、ぶれない軸を持つことで、一貫性のある医療サービスの提供が可能になります。

事業ビジョンは、数値目標だけでなく、地域での評判や患者満足度など、定性的な目標も含めるのが望ましいです。3年後、5年後、10年後といった段階的な目標設定により、理念の実現に向けた道筋が明確になり、進捗管理も容易になるでしょう。

(2)理念を具現化する

理念を日々の診療や経営に落とし込むことは、理念を単なる言葉で終わらせないために重要です。具体的な行動指針や実践方法を定めることで、スタッフ全員が理念に基づいた行動を取りやすくなります。

例えば、「患者さん一人ひとりに寄り添う医療」という理念なら、診察時間を1人30分以上確保するなどの具体的な施策を実施しましょう。

(3)理念に沿った医療サービス、設備、人材、経営方針の計画

理念を反映した具体的な事業計画の立案は、理念の実現可能性を高め、経営の一貫性を保つために不可欠です。医療サービス、設備、人材、経営方針という4つの観点から計画を立てることで、クリニック運営の全体像を考慮したバランスの取れた成長戦略を描けます。

例えば、「最新技術で地域医療に貢献する」という理念なら、以下のような施策を計画に組み込めるでしょう。

  • 「医療サービス」:遠隔診療システムの導入
  • 「設備」:最新のMRI機器の購入
  • 「人材」:放射線技師の増員と継続的な技術研修の実施
  • 「経営方針」:地域の医療機関とのネットワーク構築

理念は適宜立ち返り、時代や地域の変化とともに向き合い続けるもの

クリニックの理念は、一度設定して終わりではありません。地域のニーズや時代の変化に対応し続けることで、その理念は常に意味を持ち続けます。理念に立ち返りながら、柔軟に内容を見直し、改善していくことで、クリニックの成長と共に理念も進化させていきましょう。