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2021/04/12   高原リゾートのイメージをクリニックに反映

建築家が語る病院の裏側Vol.1

高原リゾートのイメージをクリニックに反映

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医療をめぐる環境が変化し、競争も激化する今日。成功するクリニック経営の条件として、患者さんに選ばれる施設設計や空間づくりも欠かせないと言われます。そこで、今回から医療設計に詳しい建築家が院長と共に造り上げたクリニックのこだわりポイントを紹介するシリーズを展開。第1回は、患者さん本位の設計を大切にする一級建築士事務所 設計本舗・W(株式会社設計本舗)代表の中村知紀氏に、院長お気に入りの高原リゾート地の施設イメージを反映した「心臓クリニック湘南六会」を紹介してもらいました。

【心臓クリニック湘南六会 建築データ】
[所在地]神奈川県藤沢市亀井野
[延床面積]171m2(約51.72坪)
[構造・規模]木造2階建(新築戸建診療所)
[院長]磯田 晋氏
[診療科目]循環器内科・心臓血管外科・内科
[URL]https://heartmutsuai.clinic/
[開業]2020年4月

ハウスメーカー施工が前提だったため建築上の制限があった案件

設計業務を引き受けたきっかけを教えてください。

2019年2月に横浜で開かれたM3とASJの合同イベントに講師として出席した際、「今、計画中のクリニックの設計者を探しているんです」と、院長の磯田先生に声をかけられたのがきっかけです。

当時、先生は、藤沢市内にあるクリニックビレッジにクリニックを建設予定で、本体工事は地主と提携したハウスメーカーが担当することになっていました。もちろん設計もそのハウスメーカーに任せられたのですが、どうせお金をかけるなら自分の要望やこだわりをかなえてくれる建築家に依頼したいという思いが強く、「多少建築上の制限はあるのですが、一度プランを提案してもらえないでしょうか」と相談を持ちかけられたのです。

通常の設計実務とは異なる印象ですが、不安はなかったのでしょうか?

実はその前年にも、同様の条件でクリニック設計を引き受け、しかも施工担当も今回と同じハウスメーカーでした。その時は使用できる材料や工法に限度があり、勝手が分からず苦労したこともありましたが、その時の経験を生かせば今回はスムーズにいくのではないかと思って基本プランの提案を引き受けました。

設計〜施工〜竣工までの全体スケジュールについて教えてください。

設計に先立ち、先生の要望やこだわりを聞き取るヒアリングを実施しました。その内容をもとに模型や図面を作成し、基本プランの提案を2019年3月に行ったところ、先生に好評で設計の実務を任せてもらえることになりました。続いて3〜7月の4ヶ月間は本体工事を担うハウスメーカーとの打ち合わせを定期的に行い、細部の設計を詰めていきました。その後、8月から始まった本体工事と並行して内装設計の打ち合わせを年末まで週一回ペースで先生と続けていきました。そして1〜2月にかけて内装工事を行い、4月に開業を迎えました。つまり、最初の提案から開業までトータルで1年余りかかったことになります。

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(左)開放感のある吹き抜けを設けた待合室。(右上)黒く塗装した杉板と木調のコントストが映える受付回り。(右下)エントランスに隣接した多目的室と待合室。

木を多用し、大きな窓、吹き抜けの天井を備えた開放感のある待合室

最初の打ち合わせ時に聞き取った先生のこだわりや建築イメージについて教えてください。

「休暇で訪れた高原のリゾート地で利用したレストランが印象的でとても気に入ったため、そのイメージを生かしてほしい」というのが先生からのリクエストでした。自ら撮影した写真を見せてもらったのですが、木材をふんだんに使った建物で、外観も内装も黒く塗装されているのが特徴的でした。

そのリゾート施設の雰囲気をどのように設計に取り入れたのですか?

「黒が基調の建物がいいな」と、先生に言われたのですが、街中のクリニックにリゾート地の施設イメージをそのまま持ってくると暗い印象になる可能性があります。そこで、全面ではなく、要所要所に“黒”を用いて他の素材とのコンラストで魅せていくのが効果的かなと思いました。

具体的にはどのような素材を用いたのでしょうか?

クリニック外観には、黒の木目サイディングを使い、エントランス、受付に黒に染色した杉板を配することで、黒のイメージが外部から内部へと連続した一体感と動きのあるデザインを実現しました。また、床面は予算の都合でフローリングではなくビニールタイルなのですが、木質感を感じさせる柄を選び、壁面は白の珪藻土、天井も木目調のクロスを用いてナチュラルな雰囲気を出しているのです。

待合室は天井が高く開放感がありそうですね。

おっしゃる通りです。患者さんの中には、病院の中に入るだけで緊張して血圧が上がってしまう方もいらっしゃいます。そこで、自宅の居間にいるような、ゆったりとした楽な気持ちで過ごしてほしくて、私が設計する戸建てのクリニックでは、待合室の天井は吹き抜けにし、大きな窓を設けるなど、明るく広がりのある空間にしています。

また、吹き抜けになった天井近くに見える窓は、院長室やスタッフルームなどがある2階の廊下部分に位置し、そこから1階の待合室の様子を眺められるようになっています。

玄関の隣に設けたレクチャールームは感染症対策用の待合室としても活躍

先生からの要望として他にはどんなものがありましたか?

多目的室の設置は先生からの要望でした。ここで患者さんやスタッフ向けに講座を開いたり、インフルエンザなどの感染症流行時には隔離待合室にしたりすることを計画していたのですが、4月の開業後に新型コロナウイルス感染症が拡大するなか、2つ目の待合室として有効利用しているそうです。

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(左上)医師が使用する診察用デスクの脇にスタッフ用のデスクとPCを配した診察室。(右上)心電計、心エコーなどの機器を設置した処置室。(左下)待合室などの窓から光がこぼれる外観夕景。(右下)初回のプレゼン時に用いた外観模型。

スタッフの働きやすさへの配慮や診察室のこだわりについて教えてください。

これはクリニック設計の基本ですが、スタッフと患者さんの動線が交わらない施設レイアウトにして、スタッフの作業効率アップを図っています(平面図参照)。また、先生からのリクエストで、診察室には医師が診察時に用いるデスクの脇に、もう一台PCを置いたデスクを配置し、スタッフがデータ入力をするスペースとしました。こうした2人体制で診察する空間を設けたのは初めてだったので印象的でした。

先生からの評判はいかがでしょうか?

希望通りのクリニックになったと喜んでいただきました。開業時に見学に来られた院長のご友人からも、この一年で見たクリニックの中で最もよかったと言っていただけたそうです。

1階平面図
※クリックすると拡大します

まとめ

いかがだったでしょうか? 先生お気に入りの高原のリゾート地にある施設のイメージを生かしたナチュラルな空間が広がっているため、患者さんもくつろいだ気分で過ごしていただけるのではないかと思います。次回も今回同様、設計本舗・W代表の中村氏が内装設計を手がけた「横浜みなと心臓クリニック」を紹介します。

エムスリーでは、患者さんが行きたくなる・患者さんに選ばれるクリニックづくりに向け、先生方のお悩みを専門のコンサルタントがヒアリングし、ニーズにあった事業者をご紹介いたします。
ぜひお気軽にご相談くださいませ。

【取材対象者】
設計本舗・W(一級建築士事務所株式会社設計本舗)
代表 中村知紀氏
[所在地]東京都国分寺市
[URL] http://www.sekkeihonpo.co.jp          
首都圏を中心に多くのクリニック設計を手がける建築設計事務所。患者さんが自分の家にいるような安心感を感じられる空間づくりなど利用者視点に立った施設設計に注力し、それが他院との差別化や集患につながることを目指しています。

【クリニック内写真】輿水 進